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2009年12月3日木曜日

源氏物語 その八

 今日の静大 岡崎先生の講義は「源氏物語・藤壺の巻」に書かれた「長恨歌と和歌」の関係に就いてでした。
 『平安時代、源氏物語が書かれる前に長恨歌を詠んだ和歌は有った。
伊勢(宇多天皇の七条の后に仕えた女流歌人)の歌集「伊勢集」の中に
 長恨歌の屏風を、亭子院のみかど(宇多天皇)書かせたまいて、その所所よませたまいける。
 <みかどの御心になして>・・・と詞がきして五首、<これはきさきの御歌にて>・・・と題して五首ある。
 つまり 「長恨歌の物語を絵に描いて屏風にしろ」と宇多天皇が絵師に命じて場面毎の絵を描かせた屏風を見て和歌を詠むのです。その歌に其の時代の人々の発想が読み取れたり、其の歌の詠み手個人のキャラクターが滲み出ている。そして それは当時(平安時代)の貴族達の感性が伺い知れる。
 其の内の一首 帝の御心にになして 
  「もみじ葉に 色見え分かず 散るものは もの思う秋の 涙なりけり」』
 漢文の長恨歌を解釈して、絵を描く能力と、其の絵を見て和歌を詠む能力を考える時、平安時代の人達の芸術的能力の凄さを思わざるを得ません。我々現代に生きる人間として、その国語力の浅薄な事は、悲し過ぎるくらいです。

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