この時計 私にとっては大変な思い出の深いものです。 今から三十年以上前、大蔵省(当時)の地下の売店で確か6~7万円で買いました。国産のセイコーですが、当時としてはかなり高級の部類だったと覚えています。 期待に違わず優秀で、三十年以上経った今も正確に時を刻み続けてくれています。
然し 世の中は変わり、時刻を知る道具としてはもっと便利で正確なものが沢山現れました。電波時計なんて1秒も狂わない精度の高い物まで出て来て、この時計で時間を知る必要が無くなってしまいました。
三十数年間の想い出がいっぱい詰まった時計ですが、もうこの辺でそろそろ「ご苦労様」とお休みをさせてやろうかと思います。
2008年2月19日火曜日
腕時計
2008年2月18日月曜日
お灸
今日は富士山が今年初めてくらいに全身をクッキリと見せてくれました。右に連なる愛鷹連峰の天辺にも雪が積もってます。今年の静岡は20年ぶりの寒さだそうで、久し振りの雪景色が見られました。
毎日ウオーキングをしていて左足に痛みを感じましたので、いつも行く農家の奥さんに教えられてお灸をすえに行って来ました。お灸は、大分以前にすえた事がありまして、その時の熱かった思い出が強烈に残ってますので、かなり抵抗がありましたが、奥さんが「全然熱くないよ!」と言う言葉を信じていきました。
行ってみて本当に厚くありませんでした。少し温かいなと感じた所でモグサをサツと外してくれるので大丈夫でした。それよりビックリしたのが、脊椎の矯正で、背骨をバリバリッと言うほど曲げたり伸ばしたりされた事です。物凄い音がしましたょ。
でも その後は不思議なくらい体が楽になったので、ヤッパリ効いたのですね。
2008年2月17日日曜日
2008年2月16日土曜日
2008年2月15日金曜日
2008年2月14日木曜日
水戸 弘道館
水戸に行って来ました。息子が勤務していますので息子一家{嫁・孫1(男小二)孫2(男幼稚園年中)}の顔を見に行きました。みんな元気で、恙無く暮らしていましたのでヤレヤレと安心しました。
10日の日曜日に車で出発して、片道300kmを走りましたが、途中大した渋滞も無く適当に休憩を取りながら五時間半で水戸に到着しました。
この写真は国指定重要文化財の弘道館です。水戸藩九代藩主徳川斉昭公が天保十二年に藩校として創立し、水戸藩士の子弟に文武の教育をした所で、その理念は儒教の道徳を基本として、世に水戸学と称せられました。 最後の将軍徳川慶喜も、官軍に敗れた後一時此処に恭順蟄居してまして、その時書いたと言われる書や画が徳川斉昭公の書画と一緒に展示してありました。二人とも素晴しい作品で、やはり歴史に名を残す人に相応しいものでした。
もっと驚いたのは この敷地内に孫1が通う市立の三の丸小学校が有った事です。(写真の奥の方に見える建物がそうです)なまこ塀に囲まれた歴史的な建物と一緒にある小学校なんて誠に珍しいので驚くと同時に、こんな学校で勉強出来る生徒が羨ましく思いました。
続 水戸の報告は明日また・・・
2008年2月9日土曜日
街の景況感 急冷却!?!
今朝の朝日新聞の一面、「街の景況感 急冷却」と書いてました。何を今更言ってんだ!!。 巷ではとっくに不況の嵐が吹き捲くっているんだよ。!!
内閣府が調査した所、「タイムサービスに長蛇の列が出来る、忘年会や新年会の予約が無かった、春の歓送迎会の予約が無い、車通勤をやめて自転車にした、ゲームセンターで1万円の両替が無く千円の両替が増えた、海外旅行をやめて国内旅行する人が増えた、マンションが売れ残り値下げを始めた、マグロの少量パックしか売れなくなった。」等々 私たち庶民の生活がどれ程苦しくなって来たかを示す悲鳴が具体的に出てます。
内閣府は 此れを調査してどうしようと言うのでしょう。? 何か手を打とうとして居るのでしょうか? いや 只の調査だけで終わって仕舞うでしょう。何故なら まず この調査自身が遅すぎるのです。もっと早く調査して、的確な手を打って行けば庶民の苦しみも少しは和らいで居たでしょうが・・・そして彼らにはどの様な手を打てばいいのか解らないからです。たぶん 権限が無い・越権行為だと言う口実を隠れ蓑にして何もしないで置くでしょう。厚生労働省の官吏達と同じです。