遅ればせながら今日はお歳暮の手配をして来ました。老舗百貨店のお歳暮コーナーを設けて居る8階に行きましたが、毎年の事、有る筈のコーナーが有りません。「なんでやねん!?!」と言う事で店員さんに聞きましたら「6階の方へ移設しました」と言う事でした。
6階に行きましたら 在りました!片隅の狭い所に。 「どうして こんな処に移ったのですか?」と聞くのも哀れな感じで、「百貨店が有史以来の不況」とメディアが報道する通り、余りの衰退ぶりに驚いた次第でした。本当に此のままで行けば百貨店は殆んど潰れて仕舞うでしょう。どうして、誰も現状を立て直そうとしないのでしょうか?自民党の様に滅び行く侭に泥船の如くブクブクブクと沈没する姿を見届ける積りでしょうか?
百貨店と言えば、私達が子供の頃から色々な夢が有り、憬れの的でした。特別な買い物などをする時には胸をワクワクさせながら、親に連れられていったものでした。
其の想い出の百貨店が倒産・閉店となれば誠に寂しい事です。何とか「なりふり構わず、老舗とか看板なんかに拘らず、生き延びて欲しいと思います」。
2009年12月16日水曜日
百貨店の斜陽
2009年12月15日火曜日
民主党?
鳩山さん 困ってます。 決断力が無いのか!或いは寄せ集めの民主党だし、社民党、国民新党との連合政府だし、様々な意見を主張する人達が沢山いますし・・・仲々纏らないのも予定通りですけれども、それにしてもチトもたもたし過ぎでみっともないですね。
つまり 民主党は自民党をスピンアウトした人達と、労働組合の出身者等と言うお互いに利害の相反する立場の人達が、同じ党の中で議論して行こうと言うのですから、纏らなくて当たり前です。
特に 沖縄の基地問題と言う重たい問題は、民主党では解決できないでしょう。何故なら 民主党内部で一つの結論を得るのには、党内の立場の180度違う人々の妥協の産物になります。
一方 沖縄の住民にして見ても、基地の騒音や事故、米軍兵の犯罪などに悩ませられる人々と、基地で働いて生計を立てて居る人々が居ます。つまり 基地が無くなって喜ぶ人達と、困る人達が混在して居ます。
そして この問題を解決すべき政府を形成する政党が様々な主義主張の人達の寄り合い所帯と言う現状ですから、アメリカ政府がイライラして怒るのも分かります。
然し アメリカがいくら怒って脅しをかけて来ても堂々と反論して行けるか心配です。其れが出来れば民主党も仲々のものですが、鳩山お坊ちゃまではねぇ~
2009年12月14日月曜日
忠臣蔵

忠臣蔵 12月はやっぱり此れですねぇ~ 日本人のノスタルヒアスを揺さぶってやまない忠臣達の物語です。
今から300年程前にの兵庫県の赤穂市に、浅野内匠守と言うお坊ちゃん育ちで、我が侭で、酷く癇癪持ちの殿様が居ました。其の殿様が元禄14年3月14日江戸城の松の廊下で、事もあろうに刀を抜いて吉良上野介と言う意地悪爺さんに斬りつける事件を起こして仕舞いました。
此れを聞いた時の将軍徳川綱吉は激怒して、「身は切腹、家は断絶」と即座に裁断しましたが、当時の世の常識として「喧嘩両成敗」の筈が、浅野に対する処罰はしたのに、喧嘩相手の吉良にはお咎めなしなので、「片手落ちのお裁きだ!」とばかり世論は沸騰しました。
さぁ 其れからはご存じの筋書き通りで、四十七人の浪士達が翌元禄15年12月14日夜、武装集団となって本所松坂町の吉良邸に討ち入りをして、吉良上野介の首を取りみごと殿様の仇を討ったのが今日です。その後 これ等の四十七士は武士の鑑として英雄になりまして、持て囃す空気が有りましたが、幕府は断固として彼らに切腹を命じました。
日本人は、此の手の悲劇が大好きで、大石内蔵助の率いる武装集団の討ち入りまでの苦労話など、色々なエピソードが芝居になったりしてこんにち迄伝えられています。
英雄になった四十七士はいいですが、悪者として殺された吉良上野介は気の毒です。300年たった今でも悪者の侭ですから・・・
2009年12月13日日曜日
タイガー・ウッズ?

ゴルフのタイガー・ウッズが不倫で「無期限自粛をしてトーナメント参加をしない」と決めたそうです。
でも 多分 マスターズには出るでしょうから、其処に照準を絞って調整して来るでしょう。
日本ゴルフツアー機構の小泉会長は「此れを以って他山の石として、日本のプロゴルファー達は気を引き締めてほしい。」そして「石川遼君なんかは そんな心配は無いけどね」と言って居ました。
確かに大丈夫でしょう。アメリカと日本では マスコミの取材態度も違いますし、ファンやスポンサーの態度もかなり違いますから、ウッズが嵌められた罠とは動く金の桁が違います。アメリカは訴訟社会ですから何でもかんでも訴えて損害賠償をふんだくろうとします。其の賠償金を吊上げる為に、マスコミを利用して騒ぎを大きくするのです。言い訳をすればするほど上げ足を取られて深みに嵌るのです。そしてこの際にお零れにあり付こうと飢えたる狼(弁護士達)が群がりっ寄って来ます。タイガーは恐らく此の罠に嵌められたのでは無いでしょうか?
来年から石川遼君は、アメリカ参戦を決めたそうです。どうぞ気を付けて下さい。
2009年12月12日土曜日
オバマ!?!
オバマ大統領がノーベル平和賞授賞式に出席して演説をしました。以下其の要旨の抜粋です。
「私がこの賞を受けるにあたって何より大きな問題となっているのは、私がまさに、二つの戦争を戦う国の最高司令官であることでしょう.
我々は戦争を戦っている最中です。そして私は、何千人もの若いアメリカ人を遠い国の戦地に派遣する、その責任を負っています。私が戦地に送る若いアメリカ人の何人かは人を殺すでしょうし、何人かは殺されるでしょう。
マーティン・ルーサー・キング牧師が述べた言葉を念頭におきながら、私はこうしたことを言っているのです。キング牧師はかつてここで『暴力は決して恒久平和をもたらさない。暴力は何の社会問題も解決しない。暴力はただ単に、さらに複雑な別の問題を作り出すだけだ』と言いました。私は キング牧師の功績のおかげで、ここに立っている人間です。私は、非暴力抵抗運動のもつ道義的な力の生き証人です。ガンジーやキングが掲げた信条と、あの2人の人生には、弱いところなど全くないし、受け身なところも、能天気なところも何ひとつない。私はそれを承知しています。
しかし自分の国を守り防衛すると誓った国家元首として、私はガンジーやキングの先例にばかり倣っているわけにはいきません。私は、ありのままの世界に直面している。そしてアメリカ人を脅かす危険を前にして手をこまねいているわけにもいかないのです。なぜなら、この世に悪は存在するからです。この点を、決して誤ってはなりません。
従って私は、武力紛争の代償について深く感じ入りながら、ここへ参りました。戦争と平和の関係、そして一方でもう片方を置き換えるためにどれほど努力しなくてはならないのか、そういう難問でいっぱいになりながら、私はここへやってきたのです。
第2次世界大戦後の世界に安定をもたらしたのは、国際機関だけではなく、条約や宣言だけではありません。世界はそれを忘れてはならない。我々はいくつか間違いを犯したかもしれない。しかしアメリカ合衆国が60年以上にわたり、自国民の血と武力でもって、世界の安全を裏書きしてきたことは、これは厳然とした事実なのです。それが正当な戦争(Jast War)であり、それは必要です。」
更に大統領は言います。「ガンジーの様な無抵抗主義でナチスの暴挙は防げなかった。だから軍事力(Just War)が必要だ」と。
オバマさんはとんでもない歴史認識の誤りをして居ます。ナチスの台頭に引き合いに出されてはガンジーも迷惑です。ナチスはドイツが第一次大戦に負けて、英仏をはじめとする戦勝周辺国から賠償など過酷過ぎる制裁を蒙り、塗炭の苦みに耐えられずヒトラーが「苦しんでいる我々を嘲笑いながら、豊かな生活をしているイギリス人、フランス人、ユダヤ人に対する憎しみを忘れるな!」と叫びながら出て来たのです。それを「ガンジーでも防ぎ得無かった」なんて見当違いも甚だしい!彼はオバマじゃ無くてオバカですねぇ~
2009年12月11日金曜日
又々孫の快挙!
今朝早く 孫2(息子の次男 小1)から電話がありました。「昨日の持久走で一番になりました!」と言うもので、ビックリするやら、嬉しいやらで、唯々「えらい!えらい!良くやったね!」と繰り返してました。此の写真は 11月20日に、兄貴の方(小4)が四連覇で優勝した時の写真です。此の時彼はサッカーで足の靭帯挫傷の怪我をしていて医者から「止めた方がいい」と言われたのに「四連覇をするんだ!」と頑張って、見事其れを達成したしましたが、さすがに体力を使い果たした様子がありありと覗えます。
其れを見た弟が発奮して、初参加の持久走で見事に兄貴に続いて優勝したそうです。それも スタート直後に転倒したのにグングン追い上げて遂にトップなったと言う話でした。二人とも我が孫ながら凄い根性の持ち主です。正直に白状しますと、私にはこんな根性はありません。だから 私の遺伝ではありませんので念の為に・・・
2009年12月10日木曜日
源氏物語 その九
今日の静大・岡崎先生の講義は『漢文の長恨歌と其れを解釈した平安時代時代の日本人』です。
「長恨歌」は九世紀の漢(中国)の詩人「白楽天」の作った漢文の詩です。 此の詩が西暦844年「白氏文集」として留学僧 恵萼に依って持ち込まれた67編の中に在り、たちまち当時の平安文化人達に大人気となったそうですから、其の時から日本人の文化レベルは相当高かったと言えます。
ただ 其の解釈の仕方が如何にも日本独特の叙情的で、主人公の感情を大きく膨らませています。
1.例えば 原文 『養在深窓人未識 (養われて深窓に在れば人未だ知らず)』を 平安人が解釈して和歌に詠めば 源 道済『玉垂の 簾も透かぬ 閨の内に 君ましけりと 人に知らすな (大切に育てられて 深窓の奥深くに居る姫の事を余り他人に知らせるなよ)』
2.原文 『三千寵愛在一身 (三千の寵愛一身に在り)』
和歌に詠めば 源 道済『ももしきの 君が朝寝の 移り香は 浸みにけらしな 妹が沙衣(帝が朝起きたく無くて朝寝坊して居ると 妃の香が移って浸みついてしまった)』
此の様に 中国の漢詩は、発生した出来事を余り感情を込めず淡々と書いて居ます。其れに対して日本の和歌は、まるで漢詩の主人公になり切ったが如くに、情緒タップリに想いを膨らませて詠い上げて、謂わば情緒過剰とも言えるのが、平安期からこんにち迄綿々と続く民族性ではないでしょうか?
でも 此れこそが日本民族の美点であり、此れ有らばこそ美しい「源氏物語」をはじめ数々の日本文学が生まれたのでしょう。