
市川海老蔵の無期限謹慎が決まりました。日頃からのかれの言動を知る人からは「当然だ!!」との声が聞かれます。第一に親の市川団十郎の躾が甘過ぎます。「成田屋」と言う金看板に甘えて来たツケが回って来たのです。如何に必死になって守って来た伝統でも、蟻の一穴から脆くも崩れ去る事が今回の事件で良く分かります。此れから成田やの当主団十郎は、八方手を尽くして(金を使って)不肖の息子の尻拭いをしなければなりませんが、所詮は当の本人の海老蔵に全く其の自覚が有りませんから、難しい事になるでしょう。
歌舞伎の世界で生活して居る大勢の皆さん達は、其れは其れは厳しい戒律の中で永年修業をされて来てこんにちの栄華を築いて来られたのですから、こんな不埒な海老蔵を簡単に許す気持ちにはならないでしょう。
事件当日 予定されて居た記者会見をスッポカシて飲みに行って喧嘩になり、殴られて怪我をした・・・もう其れだけで「成田屋」の御曹司は失格です。自分の地位や生活はいったい誰が支えて呉れて居るのか!と言う自分の存在基盤の認識が全く無い、33歳になっても子供と同じです。然も結婚したばかりだと言うのに・・・女房はいったい何をして居たのでしょう?
「自分は絶対に相手を殴って居ない」といっているようですが、多分詭弁でしょう。現場には海老蔵以外の血痕が残って居たのですから。間もなく事の真相が明らかになるでしょうが、そうなれば海老蔵は「梨園」からの<永久追放>と言う事になるかも知れません。そうしないと善良な全歌舞伎フアンが承知しないでしょう。
2010年12月8日水曜日
海老蔵・駄目蔵
2010年12月7日火曜日
くたばれ!グルメ番組!
此の頃のテレビはグルメ番組ばかりです。此れは製作費が安上がりで安直にできるから、テレビ会社の手抜き番組造りにはもってこいだからです。
然し 人間は「食べる」と言う事にどう言う感覚を持って居るのでしょうか?特に此の頃は、若い女性が恥ずかしがりもせず、人前も憚らずに大きな口を開けて食べて居ます。「食べる」と言う事と「排泄する」と言う事は全く背中合わせの事柄で、古来日本人は人前でするのは恥ずべき事とされて来ました。
其れが敗戦後 下品極まりない米兵が大挙上陸して来て、傍若無人な振る舞いをして、其の真似をした日本人が物を食べるのに全く「慎み」が無くなり、人前で食べるヮ、歩きながら食べるヮと酷いマナーになって仕舞いました。誠に嘆かわしい次第です。
フランスでも18世紀末には、所も人目も構わずオシッコやウンコをしたそうで、有名なヴェルサイユ宮殿には女性用のトイレがなくて、日頃から運動不足なお姫様達が、舞踏会で動き回った挙句に催した「便意」に堪りかねて、宮殿の中庭で人目構わず大音響とともに「発射」に及んだと言う大らかな話が伝えられて居ます。「便秘解消」でスカッ!としたお姫様達はさぞいい気もちでしょうが、後始末をさせられる従僕達は堪えられなかったでしょうね。
そんな野生の欧米人を見習って仕舞った日本人は本当に情けない限りです。其の内に人目構わず「排泄」をするお嬢さんが出て来なければいいですが・・・せめて「食べる時」くらいは日本人らしく品良く慎みを以ってして欲しいと切望する次第であります。矢鱈とオーバーに「美味しい!」を連呼したり、一口頬張った瞬間に「ウ~ン!」と唸ったり、そんな美味しい物がこの世に存在する筈が有りません!!テレビで放送する<美味しいもの>は殆どが嘘です。如何に番組の為とは言えあんまりです。此れ以上視聴者を騙し続けるのは止めて下さい!!!
ラベル: くたばれ!グルメ番組!
2010年12月6日月曜日
防災訓練
昨日12月5日 町内の防災訓練が有りました。静岡市ではどう言う訳か防災訓練は12月と言う一年中で最も慌ただしい時に行われます。理由は判りませんが、たぶん役所の担当者が自分達の都合の好い適当な時期を決めたのでしょう。お陰で市民は迷惑です。其の所為か年々参加者が減りまして、特に若い人達の参加が殆ど見られません。
静岡では渕上某なる地震博士が「今すぐ起きても不思議は無い!」と言って我々を恐怖のどん底に陥れてから既に40有余年が経ちますが、此の処 まったくそんな話は有りません。
今では あの渕上某と言う奴は、あの話をネタに全国各地をVIP待遇で講演して廻り、高い講演料を稼ぐ為の「ガセネタ」だったのじゃないか?と真面目に囁かれて居ます。
静岡市でも 東海大地震で高さ10メートルの津波は来たら、人口の約半分の30万人が死ぬと言われて居ます。それで津波危険地域と言われた地域から引っ越しをした人達、そしてその地域でアパート経営をして居た家主さん、散々脅かされて耐震工事をさせられた人達の被害は甚大です。
こんな酷い恐喝をしても何も罪にならないのでしょうか?あの渕上某センセは今頃は何処で如何して居るのでしょう? もし姿を見付けたら捕まえて市中引き回しの上、酷い目に遭わされた人達に竹鞭で1回づつ思い切り叩かせてあげたいと思います。
2010年12月5日日曜日
20x3=80?
昨日某スーパーでの出来事です。きゅうりの陳列台の所で、ご高齢の男性がしきりと首を傾げています。何だろうと傍に行ってみますと、「きゅうり1本¥20」とかいてあります。問題は其の後です。「1本¥20の後に 3本¥80」と書いて有りました。それで その男性が首を傾げて居たのです。そして其の事を誰も変だとは気付かずにきゅうりを買って行きました。
単純な間違いでしょうけど、念の為レシートを確認しましたら、間違いなく1本¥20になって居ました。
不思議な事ですが、あんまりにも堂々と間違えて居ると、誰も其れが変だと思わない事って有ります。昔 東京勤務をして居た時、中央線で東京駅を出て、次は「神田」と言う時に車掌さんが「次は東京!」と車内アナウンスをしました。それが余りにも堂々と自信満々で、誰も其の事に気が付きませんでした。乗客も慣れたもので、黙ってそれぞれの目的地に行きました。
2010年12月4日土曜日
ウィキリークス

ウィキリークスに依る情報漏洩はニュースになってます。然し アメリカでは「情報漏洩」と言ってもそれ程驚く事はありません。何しろ情報を売って商売にして居る連中が居ますから。大分前 アメリカの国防総省長官が「最近軍事機密が漏れて困った事だ。全員くれぐれも注意する様に!」と言う社内文書をトップシークレットとして廻した所、其の日の夕刊に全文が掲載された、と言う事が有って長官が開いた口が塞がらなかったと言われて居ます。
最早アメリカでは、国防総省でも、何処でも最高機密情報は<高値で売れる国>として普遍化して居ますから、ウィキリークスが誰から情報を入手したか?誰が情報を漏らしたか?なんて事を詮索してもナンセンスです。彼等は 母国並びに国民の安全等より、銭儲けの方が大事ですから「売れるものは何でも売れ!売って銭儲けをするのが生きる道なのだ」此れがあの国の国民の唯一の正しい生き延びる術なのです。
クリントン国務長官だって、ウィキリークスを本気で調べ上げて罰するつもりはありません。唯 立場上激怒するジェスチュアはして居ますが、アメリカ政府の高官ですら情報を売って銭儲けをして平然として居るのですから、所詮は<イタチごっこ>です。我々日本人は言う<モラル>とか<信用>とか言うセンスはもともとアメリカ人には無いのです。ジョージ・ワシントンやリンカーンの時代には有った様ですが、其れは昔の話です。其の国の人間と「安全保障条約」を結んで言いなりになって日本人は悲しいですねぇ~
2010年12月2日木曜日
街の情景2
「街の情景2」東京駅と上野駅の感想です。乗降客数で言えば新宿駅の360万人が圧倒的なトップですが、東京駅は113万人で7位、上野駅は62万人で15位です。
新宿駅の乗降客は其の殆どが通勤客で、仕事に向かう人達が、毎日此処を通過して会社に行ったり、電車を乗り換えたりする目的の人達でしょう。それにしても毎日・同じ時間に360万人の人間が同じ目的の為に移動して居るなんて恐ろしくなります。万一事故とかテロとかが有れば一挙に100万単位の人達の命が危険に曝されるのです。
東京駅も 通勤客も大勢居ますが、矢張り旅行客も多いでしょう。特に<東海道><東北><信越><上越>の各新幹線が、発着する14番線以降のホームが有るコンコースの雑踏は、自分の目的の列車を探して乗るのに大変な苦労を余儀なくされます。逆に 山手線・京浜東北線に乗り換えるのにも一苦労です。そんな時<田舎者>の悲哀をシミジミ感じて仕舞います。
実は 此の夏 水戸に住む孫(小五と小二)が、二人だけで電車に乗って静岡迄来ました。「勉強の為に」と言う訳で父親の指導の元、無事に新幹線で静岡迄到着しましたが、二人の顔を見るまではもう大変心配でした。小五の兄貴が「大丈夫!行きます!!」と言ったそうですが、今思えば 勇敢にも良く来たものだと感心しました。
上野駅は 此処何十年来殆ど変りは有りません。相変わらずうす暗く、汚い地下道や、低い天井は如何にも東北への玄関口にふさわしい雰囲気です。昔 年末になると夜行急行「十和田」で田舎に帰る人達が、銀座三愛の紙袋等を下げて、寒いホームに行列を作って居た風景を思い出しますが、今でも其の侭の空気が漂ってます。然し 今では取手・土浦辺りまで高層マンションが立ち並び、乗降客も62万人と、全国の15位だそうです。
車窓から東京の街を見れば、建ち並ぶ高層マンション・建設中のマンションに、益々人口の増える様子を見て「いったい大丈夫かな?インフラは?治安は?」と真面目に心配になりました。知事は売れもしない小説書きに夢中だし、大丈夫かな?ホント!!
2010年12月1日水曜日
水戸の情景

「街の情景1」先日言って来たばかりの水戸市の情景を、感じたままに書きます。穏やかに晴れて気温も温暖でしたので、誠に結構な旅行日和でした。
水戸市と言えば日本三大庭園の「偕楽園」です。第九代藩主の徳川斉昭は、藩校「弘道館」で勉強に疲れた藩士や、一般庶民も偕(ともに)楽しむ園と言う主旨で造園されたと言われて居まして、日本で唯一入場無料の庭園です。春には有名な梅園の梅の花や桜の満開の美しさは素晴らしく、昔の人の心が現代に明瞭に引き継がれて居ます。
水戸藩の初代藩主は徳川家康の11男の徳川頼房公、二代目藩主は黄門様で有名な徳川光圀公です。水戸藩に徳川家が入る前は、佐竹義宜の領地でしたが、関ヶ原の戦いで佐竹は徳川家康に味方をしなかったので、秋田に転封されて仕舞いました。其の時 佐竹は悔し紛れに水戸の美人を根こそぎ秋田へ連れて行って仕舞いました。其れで「秋田美人が沢山」出来上がり、水戸には美人が居無くなって仕舞ったそうです。然し其れは今から400年も昔の話、今では水戸には美人がイッパイ居ました。
次に有名なのが「納豆」です。最近テレビで「くめ納豆」と言って頻りに宣伝してますから、お土産店で聞いて見ましたら、「お土産店では売って居ません。普通のスーパーで売って居ます。お味は普通の納豆です」と言う事でした。駅前広場には写真の様に「納豆」の立派なモニュメントがありました。
それから 気が付きましたが、駅前の繁華街には、杖をついた高齢者や、体の不自由な人の姿を全く見ませんでした。静岡市の街では高齢者や、体の不自由な人達が一杯居て、街をウロウロして居まして歩き難いのですが、水戸の街ではみんな速足でドンドン歩けました。言葉も早口で声も大きく、街中が活気に溢れて居る様に感じました。