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2010年3月31日水曜日

地球寒冷化?



此の写真は北海道や新潟の写真ではありません。れっきとした静岡の一昨日の季節外れの雪景色の様子です。 3月も末になってこんな大雪が降るなんて信じられません。これでは地球の温暖化どころか、寒冷化です。 テレビの討論番組で、ある学者さんが、「本当にCO2の所為で地球の温暖化になっているのか? その証拠は有るのか!?!」と詰め寄られていましたが、まったくそうも言いたくなります。う~ぅ寒い!!

2010年3月30日火曜日

酷い仕打ち

今日は酷く馬鹿にされました。余りにも酷いので、未だ気持ちが治まりません。事の顛末は次の通りです。
 先日から駐車場と二階のベランダの塗装をやり直す事にしまして、業者から見積もりを取って、金額も決めて、日時も今日と明日の二日間と決めてそれが一週間前の事です。そして昨日担当者が念押しに来て、御近所にも「御迷惑をかけますが、よろしく」とあいさつをして回りました。
 そして 今朝 作業の業者が来る筈なので、朝早くから準備をして待って居ましたが、10時になっても来ません。 現場監督の担当者に電話をしましたら、「下請けの業者が都合が付かないので、明日にして下さい」と言います。何の連絡も無く、一方的にそう言います。此方の都合も何も考えずにシャーシャーというのです。「何故事前に連絡を呉れないのか!」と言えば、「昨夜 其の事でお邪魔しましたらお留守でしたので・・」と言いますので「嘘を言いなさい!其の時間には居ましたよ!」そして「何故 今朝でも連絡しないのか!」と言えば「今から電話をしようと思って居た所でした」と 惚けた事を言います。 もう 完全に切れましたので、「分かった。もう取引はキャンセルだ!!」
 と言う事で折角何度も打ち合わせをして決めたのに全部おじゃんにしました。此の不況で仕事の厳しい時に良くやるよホント!!

2010年3月29日月曜日

就職活動



ハローワークの就職活動風景です。若い人達が多く見られます。 昨日 久し振りに御近所さんの娘さんに合いました。何でも東京で独り暮らしをしているそうですが、年齢は30代半ばで未だ独身だと聞きました。
 御両親が心配して、静岡に帰って来る様に再三言うのですが、「静岡の様な田舎に帰りたくない!」の一点張りで、親の気持ちを聞き入れないのだそうです。
 東京では、一流の私立大学を卒業して、某出版社に勤めてバリバリ働いて居ました。そしてキャリヤウーマンとして華々しい生活をされて居たと、御近所でも評判の娘さんでした。然し 去年の暮れにリストラされたと言う話です。出版業界も不況の嵐が吹きまくって居るようです。 去年の暮れから就職活動をして来ましたが、出版業界の不況の深刻さは特に酷い様で、一旦実家に帰って、又東京に行くつもりだそうです。静岡には彼女の様な有能なキャリヤウーマンの受け皿が無いからです。

2010年3月28日日曜日

沖縄人の怒り



沖縄県民が怒ってます。鳩山総理が「米軍基地を沖縄県外にする」と公約して選挙に勝ったのに、結局の所「元通りにするしか無い」と二転三転と発言がブレ捲り、挙句の果てに「何の進歩も前進も無い全て元の侭」です。
 あの 選挙は何だったのでしょう? 我々が大きな期待を以って民主党に投票して、民主党に政権を持たせてやったのに、何たる事ですか!?
 もし 米軍基地が沖縄から県外移設出来なかったら、「公約違反」で政権を返上しますか!?と言っても代わりに自民党ではネェ~
 そんな時期にに鳩山総理はご婦人同伴で、千葉のホテルに1泊旅行をしているそうです。呑気なもんですね!!ママから12億円ものお小遣いを貰ったリッチなお坊ちゃまはいいですね。!!「由紀夫チャン 駄目でしょう!!しっかりしなさい!!」

2010年3月27日土曜日

雲仙普賢岳



 1991年に発生した雲仙普賢岳の噴火・火砕流で、43人が犠牲になった現場跡から遺品のカメラが発掘されました。
 あの大火砕流の場面は、テレビで何度も繰り返し放映されましたが、其の物凄さには息を飲みました。普賢岳の噴火の様子を報道する為に、「定点」と言われる場所に集まって居た大勢の報道陣に向かって「大火砕流」が襲って来ました。人々は全く逃げる余裕も無く、一瞬の間に灼熱の火砕流に押し流されて仕舞いました。
 今度見つかったカメラは、土砂に埋まった自動車の中から掘り出されたそうですが、持ち主の人はきっとあの灼熱に焼け死んで仕舞われたのでしょう。

2010年3月26日金曜日

労働無き富



 自民党の丸川珠代参議院議員が、参議院厚生労働委員会で、鳩山由紀夫首相に「大罪を省みて国民に告白し、懺悔して頂きたい」と詰め寄りました。母親から首相への巨額の資金提供は、インド独立の父・マハトマ・ガンジーが社会的大罪とした「労働無き富」だと主張。その言葉に今国会の施政方針演説で、首相自ら触れた首相に「お母様からの『子供手当』は労働無き富そのものだ」と迫りました。
 其れに対して鳩山お坊ちゃま総理は、「決して臆面も無く『労働無き富』を演説に盛り込んだ訳ではない。母からの資金提供は、全く知らなかった。国民の皆さんに御理解頂くよう努力してまいる」といつもの答弁を繰り返すだけでした。
 こんな事で<国民の御理解>が得られると本気で思って居るのでしょうか? 12億円もの献金ですよ!!<知らない>筈が有る訳無いでしょう!!国民も舐められたものですねぇ~

2010年3月25日木曜日

何故?東京に?

 昨日 江戸時代(天明・寛政年間)の理想の政治家と言われた「松平定信」の事を書きましたが、其の時代と現代とは実に好く類似したものが有ります。
 「松平定信」が老中として登場する前、老中として幕府の実権を握って居たのは「田沼意次」でした。田沼はの経済政策は『商品・貨幣経済』を奨励して、「特権株仲間商人」と結託して<冥加金・運上金>を徴収して幕府財政の増収をはかったと言われています。其の結果 商人が絶大な力を持ち、米をはじめとする生活必需品の値段をつり上げ、飢饉で餓死者が出て居るのに<米の買い占め>をして、値段を吊上げて暴利を貪り、此れ見よがしに贅沢三昧の生活をする奴が出ました。
 一方 農民達は 余りにも厳しい年貢の取り立てに堪らず、<間引き><人身売買><逃散>と無力な百姓達は散々苦しめられた挙句に<暴発・一揆>に奔るしか無かったのです。そして 農業を捨てて、目的も無く江戸に出て来まして、無宿者の仲間に入ったのです。其の為に耕作放棄地が一杯出来て、農業生産力が極端に墜ちて仕舞ったのです。其処へ天明の噴火や暴風雨と言った災害でたちまち食糧不足・大飢饉になったのです。そして江戸では 何も生産しないで消費ばかりする人口が爆発的に増えて、<強欲商人>と<無宿者>が集まる江戸の町は最低に治安が悪い、首都になって仕舞ったのです。
 田沼政治は、此の様に人口が集中する江戸に日本全国六十余州の問題を集めて、大爆発を起させる役割を果たして終焉を迎えたのです。
 そして 田沼意次が失脚した後、松平定信が登場して「寛政の改革」を断行するのです。今の世の中も、東京に人が集まり過ぎです。それも 何も確たる目的も、ポリシーも無く、只「東京と言う繁華な所」にしがみ付いて居るだけの人々達です。それが 失業者・フリーター・ホームレスと、最低線スレスレの生活をしながら、其れでも東京にしがみ付く哀れな人生を送って居ます。地方には耕作放棄地が驚くほど沢山有ります。何故でしょう?