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2011年4月16日土曜日

カンバン方式


 カンバン方式で世界一の自動車メーカーになったトヨタ自動車の豊田章男社長です。其のカンバン方式が祟って全工場の殆どが生産ストップに追い込まれました。
 <必要な部品を、必要な数だけ、必要な時間に下請け会社から指定場所に届けさせる>此のシステムで、年間純利益二兆円を達成したのです。其の二兆円は何処かに内部留保としてのこしてあるでしょう。
 其の二兆円を絞りだすのは尋常な手段では有りません。<乾いたタオルでも、もう一絞りすれば一滴の雫が出せる>此れがトヨタの合言葉です。トコトン絞られるのは下請け会社です。
 例えば 「1000個の部品を納入せよ」と言う指令が来たとします。其れを間違えて1001個納めたとします。すると部品が1個余ります。さぁ大変です!生産ラインの総点検が始まります。組み立てた自動車の1台1台を部品の取り付け漏れが無いかを調べるのです。其れもトヨタの人間は動きません。下請け会社の人員を総動員させられて徹底的に検査をします。其の間生産ラインは止めずにやりますから、大変な作業になります。下請け会社はまるで奴隷です。
 此の様に 在庫管理から、ストックヤードから、工程管理・品質管理まで何もかも下請け会社に強制的にやらせてそして<純利益二兆円>を挙げたのです。其の親玉が此の人豊田章男さんです。今度の地震被害で約一か月の工場の操業停止になって、今度は此の<人権無視>のカンバン方式をどうしますかねぇ

2011年4月15日金曜日

菅降ろし



 <菅降ろし>が始まっています。小沢一郎さん・鳩山由紀夫さん達が菅さんを降ろそうを蠢いて居ます。<菅さんではこの国難を乗り切れない>と言うのがその大義名分です。
 然し 菅さんを降ろして、其のとを誰が引き受けて呉れるのでしょう? 只其の非を論って「駄目だからクビだ!」と小沢・鳩山両氏は言って居るだけです。菅さんは駄目だから此の人にしましょうと、具体的に候補者を挙げて、其の能力を示して、<此の人なら きっと期待に応える能力が赫々云々有る、だから此の人に変わって貰おう。此の人には期待出来る>と 具体的な提案ならば国民も納得しますが、ただ 駄目だ!駄目だ!の合唱では、益々国民は不安になるばかりです。
 では誰が?小沢一郎さん?鳩山由紀夫さん?全然問題外の外です。 結局居ません!困りました。

2011年4月14日木曜日

清水社長のボヤキ



 此の処連日サンドバッグの様に打たれ続ける東京電力の清水社長です。言うなれば彼も一人のサラリーマンですから、きっと「なんで俺が・・・俺だけが・・・」と言う思いで一杯で、腹の中ではボヤいて居るしょう。『偶々自分が社長の時に起きた大地震・大津波で原子炉が収拾不能の事故を起こし、周辺の住民に未曽有の被害を蒙らせる事になって仕舞ったけど、俺だってこんな事故が起きるなんて思いもよらない事だし、原子力発電って事故を起こすとこんなにも大変な事になるなんて全くの<想定外>だよ。マッタク!!
 東電に入社した時には、エリート中のエリートで、其れからも出世街道をまい進し、順風満帆まるで「この世をば 我が世ぞと思う 望月の かけたる事も 無しと思えば」と詠った平安中期の摂政太政大臣藤原道長を気取って居たのに・・・俺の周囲の人間は、何事も俺の想うさまに動き、物事は望み通りに成ったのに、何でこんな事になったのだ!悪夢だ!此れはきっと悪夢に違いない!もうイヤッ!!』

2011年4月13日水曜日

無駄な明るさ



 東電の福島原発事故で電力の供給能力問題が発生して、東京を中心とする関東一円で、節電が必至となるようです。其の事でインターワーヤードが<節電が不便と感じるか>とアンケートをした所、何と76.4%%の回答が<節電もやむを得ない>と言うものでした。
 その内訳は 非常に不便だ・困る=17% 止むをえない=28.6% 差し支えない=47.8% で 止むをえないと差し支えないを併せて76.4%に達したと言う事です。
 何だか 此の結果を見てホッとした感じです。日本人の節度・倫理観は未だ々々素晴らしいものが有ると思いました。
 今迄 東京のみならず日本の都市部の夜は明る過ぎました。<便所の100ワット>と言う笑い話がありますが、要するに<無駄に明るい人=矢鱈に騒ぎ捲る人>を例えたもので、騒がしくて迷惑な状況を作りたがる人々が多く居ます。
 テレビのお笑い番組とか、ワイドショーなど、豆粒ほどのネタをスイカ程に拡大して騒ぎ捲るマスメディアの風潮は、石原都知事じゃ有りませんが、「此の大地震は天罰だ!」と言いたくなるほどです。でも 此のアンケート結果を見て、少しばかりホッとしました。

2011年4月12日火曜日

萬葉集

 今日からまた静岡大学の「市民開放講座」平成23年度が始まりました。私は矢張り日本の古典文学が好きですので、今回も岡崎真紀子先生の「日本文学概論1」を受講する事に致しました。
 静岡大学は久能山麓の小山の上に在りまして、急な坂道を延々と登って然も一番上に私の目指す<人文学部>の講義室が有ります。私は特別に車での入場許可を貰って居ますが、通常の徒歩ですと一番下の正門から20分位はかかるでしょう。元気な学生さんでも15分では無理じゃないかと思う位です。いったい誰がこんな所に大学を作ったのでしょう?
 今日は初日の授業と言う事で、授業内容の説明がありました。授業内容は 
1.「奈良時代から平安末期(八世紀~十世紀)までの日本文学史を、次の二つのテーマから概観する講義形式。」
(1)『萬葉集』から『古今集』へ
(2)平安時代の物語史~『源氏物語』以前、『源氏物語』、『源氏物語』以後。
2.「日本古典文学研究の基本的な方法を学ぶ」
 基礎文献・用例の収集、先行研究の比較検討等。
 そして今日は「萬葉集」と言うテーマに就いての特別な話が有りました。「萬葉集」は現代に残っている最も古い歌集で、3,500余の歌を集めてタイトルを付けた歌集で有るが、そのタイトルの「萬葉集」とは何を意味するのか? 其れには以下の二説が有る。
1、鎌倉時代の学僧 仙覚の注釈書<やまとうたは 人の心をたねとして よろずのことのはの こととなりける> (正しくは万葉集では無くて萬葉集と書く)
2、江戸時代の学者契沖の萬葉代匠記には<此の集 万世までも伝わるべしと祝い名付けた>
 此のいずれも定説として<広辞苑>にも双方が載せて有る。
 成程 此れは面白そうだと最初から興味津津です。

2011年4月11日月曜日

懲りない都知事



 「東日本大地震は天罰だ!」と言った人が、また都知事になりました。然も 2位の東国原候補に100万票の大差をつけて・・・都民の皆さん!本当に此の人を知事にしてもいいのですか?と今更言っても既に昨日の選挙で決まって仕舞った事です。仕方が有りません。
 彼は一橋大学に在学中余りにも数学に弱いので、教授から「君には此の大学は無理だ」と言われた程でした。それで在学中から太宰治や、三島由紀夫に憬れて文学を志したのです。
 1956年 弟の裕次郎のご乱行を小説にして応募した「太陽の季節」が芥川賞を取ったのが世に出るキッカケとなったのです。然し 元々豊かな文才が有った訳ではなく、行き詰っていた処、折しもヴェトナム戦争真っ最中で、此れを取材に行って政治家を志す決心をしたと言って居ます。当時の若者達は何か「若さをぶっつけるテーマ」が欲しくて、みんなヴェトナム戦争を争って取材に行き、レポートを書きました。でも 石原慎太郎のレポートは読んだ事が有りません。きっと没になったのでしょう。其の石原慎太郎を調子に乗せたのが、金権政治で墓穴を掘った田中角栄の後を継いだ三木武夫です。
 突然1968年に参議院選挙に出て当選。調子に乗って1975年都知事選に立候補して、美濃部亮吉候補と戦って大惨敗しました。此れは時の首相三木武夫が何とか都知事を自民党から出したくて、煽てに乗り易い石原慎太郎を担ぎあげたのですが、無残な敗退でした。其の時の石原慎太郎の屈辱の顔は、今でもありありと覚えて居ます。自民党は其の埋め合わせに、石原慎太郎に<次の選挙で、大臣の椅子を用意して居るから>と言う約束をして居ましたので、1976年の参議院選で当選すると約束通り、其の時の福田赳夫内閣で新設されたばかりの、<環境庁長官>に任命されました。別に政治家としてのポリシーも、フィロソフィーも、アイデンティティーも何も無いのにです。
 其の時の石原慎太郎の喜色満面、顔中皺だらけにして「今日は僕の生涯で最良の日です」と言った顔の軽蔑されるべき醜さは、今でも忘れられません。此の男は 只それだけ男です。其れが4期目の都知事です。東京で何か直下型地震とか大事件が起きたら、都民なんか放って置いて真っ先に逃げ出す奴が石原慎太郎です

2011年4月10日日曜日

西山審議官



 経済産業省 原子力安全・保安院の西山英彦審議官が、やっと福島第一原子力発電所の、安全設備の不備を認めました。事故発生から凡そ一カ月になると言うのに、「今更なにを言ってるのだ!」と怒鳴り付けてやりたい気持ちです。言い草が振るってます。「皆さんに安全だ!安全だ!と言い続けて来ました。私もそう思って来ました。然し この事態になり、安全に不備が有ったと言わざるを得ない」と 相変らず爬虫類の様な無表情で、他人事の様な淡々とした、上から目線の喋り口です。全く官僚そのもので、一言のお詫びも何もありません。
 此れでは 放射能被害を避けて、強制的に生まれ故郷を放れて避難させられた人々は、どうすればいいでしょう? どうしたら此の怒りを治められるでしょう? あの西山審議官の淡々と「不備でした」のコメントだけで治めろと言うなら余りにも残酷です。如何に我慢強い東北の人達でも我慢に限度が有ります。
 政府の態度も、東電の態度も、そして安全・保安院の態度もみんな他人事としてしか考えて居ないのです。国会議員も、あの泥水をかき分けて瓦礫の撤去に行こうなんて、誰一人も居ません。国民みんなが助け合って頑張ろうと言う時に、彼らはいったい何を考えて居るのでしょう?