2011年8月21日日曜日
台風の帰省
息子が孫三人を連れて帰省して来ました。孫1(小6男)孫2(小3男)孫3(三歳女)と息子夫婦で、日頃ヒッソリとした我が家はまるで超大型台風が来た様な大騒ぎになりました。
勿論 一番賑やかなのは孫3で、丁度三歳の誕生日が昨日でした。兎に角 自分が居並ぶメンバーの中心として、常に話題のセンターに置かれて居ないと御機嫌が悪いのです。何か別の話をして居ると「何?どうしたの?」と話しに割り込んできて、納得のいく説明が無いとトコトン喰い下がって来ます。
一昨日の夜 我が家に到着しまして今朝10時頃帰りましたが、まぁ其の間ピッタリくっ付かれて「此れは何?」「どうやるの?」「やって見せて」と全く休むことなく、まるで機関銃の如く責め立てられました。余り煩いので一休みしたいとトイレに隠れても、「おじいちゃん何処?」と家中捜し回られて遂に見付けられて仕舞います。癪に触りますが、あの天使の様な顔でニコッとされますとついフニャフニャデレ~ッとなって仕舞うのであります。
女の児のお相手をするのが斯くも疲れるもにとは・・・私も妻も今は放心状態で動けません。「来年は、もう呼ぶのは止めようね!」と言いつつも 又 夏が来ればいそいそと迎える支度をして居るでしょう。馬鹿ですねぇ~!
2011年8月19日金曜日
日本の将来
福島の子供達が、経済産業省の官僚達に、辛い毎日の生活をさせられて居る現状を訴え、そして此れからどうなるのか?と 質問をしました。官僚達は 矢鱈と難しい単語を並べて子供達を煙に巻こうとしましたが、純粋な心の子供達は、誤魔化されません。
橋本伽耶(13)さんから「官僚の皆さんは、私達子供の質問して居る意味が解って居ないのですか?」「今度今回と同じ話し合いの場が有りましたら、もっとハッキリ答えられる人を出して下さい!」と此処まで言われて居ます。
此の官僚達と話し合った子供達は「何と言う頼りない大人たちだろう?此れでは原発も、政治も信用できない。」と大いに落胆して仕舞った事でしょう。然し 此れでも東大を優秀な成績で卒業して、国家公務員試験に合格した超エリート官僚です。其れが此のザマですから日本の将来は暗いですねぇ~
2011年8月16日火曜日
お盆
お盆です。日本にはお盆に死者の霊を弔う素晴らしい習慣が有ります。其の起源はお釈迦様の十大弟子の目連と言う人が、死んで地獄に落ちた自分の母を救う為、お釈迦様の教えに従い、沢山の供物を備えて供養した、その為に母は救われたと言う故事に倣ったものだと言われて居ます。
日本には推古天皇の時代(西暦604年)に中国から伝わり、先祖の霊を供養すると言う風習がこんにちまで伝わって居ます。
ただ こんにちではご先祖様のお墓参りよりも、レジャーの為のお盆休みと言う感覚の方が強くなって仕舞い、さぞかしご先祖様も苦笑して居られることでしょう。
2011年8月15日月曜日
続 敗戦記念日
「続 敗戦記念日」 昨日に続き8月15日に思う事を綴ります。昨日書いた池上・加藤対談で、二人が言う「太平洋戦争で、我々は<被害者>だけではなく<加害者>である」と言う意見には大いに賛成です。私達は二発の原爆と無数の爆弾・焼夷弾で犠牲になった非戦闘員と、戦場で戦死した兵隊達を併せて600万人とも言われる戦争犠牲者を思う時、その余りにも悲惨な死に、思わず戦争の<被害者>として仕舞います。
確かに 600万人の内の多くの人達は、抵抗する手段も無く、自分の意志に反して唯々諾々と死出の旅に送りだされて仕舞ったのです。もっと長生きをして幸せな生活をしたい!と切実に願いながらも、人間の作り題した<大量殺戮兵器>で何ものにも代え難い命を奪われて仕舞いました。
事此処に至るまで 果して此の戦争を防ぐ方法は無かったのでしょうか? いや ありました!。其れはNHKを始めとする大新聞が、世界から正確な情報を集め、欧米の軍事力と日本の軍事力の差を冷静・客観的に比較して、正直に報道して居れば、此の戦争が如何に無謀なものかを多くの国民に知れせる事が出来たでしょう。軍部は半ば発狂状態でしたが、マスコミ全部で連帯して<不利な戦い>を国民に知れせるべき責任が有ったのです。勿論 其れは命懸けの大仕事です。然し マスコミは其れを避けて寧ろ<戦争礼賛>に回りました。此処に歴史的大罪が有るのです。
戦後66年経ったこんにち 未だにそれはどのマスコミも総括して居ません。此れが 日本のマスコミの本質です。
2011年8月14日日曜日
敗戦記念日
今年も8月15日に「敗戦記念日」がやって来ます。あの戦戦争に就いて池上彰さんと東京大学大大学院の加藤治子教授が対談をして居ます。
1945年8月15日に日本は戦争に負けました。そして日本国民はみんな一斉に「戦争被害者」になりました。果してそれでよかったのだろうか? と言う視点から此の対談は始まって居ます。
日本軍は フィリピンを始め、東南アジア各地で完膚なきまでに叩きのめされて、沖縄には上陸され、おまけに広島と長崎に原爆を投下されて、無条件降伏をさせられたのです。それでもこの現実を国民にはひた隠しにして、我が軍は連戦連勝と国民をだまし、未だ戦争を続けようとして居たのです。此の酷い<大日本帝国軍隊>は、昭和天皇の英断が無ければどうなって居たか判りません。 此の現実を隠す、国民に知られたくない事を隠蔽する姿勢が、当時の大日本帝国軍部と、東京電力福島原子力発電所のやり方と、相通じるものが有り、恐ろしさを感じると言うのです。
明らかに敗色濃厚で、B-29 爆撃機が毎日飛来して、東京・大阪・等の大都市を焦土にされても尚「日本は戦争に負けない。神風が吹いて必ず勝つ」と言い続けて、女子供老人まで駆り出して竹槍を持たせ、米軍の上陸で<本土決戦>に備えさせたあの時の大本営発表と、未だに放射能を垂れ流し続けて居るのに「原発は安全です」と言い続けて来た政府・官僚・電力会社とは同じではありませんか!!
対談で二人は あの戦争でも、福島原発でも自分達は<被害者>では無くて<加害者>なのだ と結論付けて居ます。つまり あの軍部の暴走を許して仕舞った事、原発の建設を容認して仕舞った事、これ等を体を張って止められなかった事・・・勿論 此れは今だからこそ言える事では有りますが、当時<戦争反対>を唱えて命を落した勇敢な人達が大勢居られたと聞きました。なのに此れがどうしてもっと大きな運動として発展しなかったか?と言えば 其れはNHKラジオと大手新聞が口を揃えて<戦争礼賛>を唱えたからです。
それも こんにち迄のマスコミの<原発礼賛>と同じです。66年前にあれ程酷い目に遭って居ながら、マスコミは進歩してません。
2011年8月11日木曜日
人・物・金
佐賀の小城羊羹で全国的にも有名な増田羊羹が倒産したそうです。倒産の原因は、結婚式場などを含めたショッピングモールの経営維持が重荷になり、遂に力尽きたと言う事の様です。全国の地方各地で、企業拡大の為に色んな投資をして失敗、倒産に追い込まれる例が後を絶ちません。其の共通する要因は<人材不足>です。
個人経営で 社長の目が届く範囲で小じんまりとやって居る間は無難に成り立って居ますが、少し小金も堪ったし、もっと大規模な会社にしたい、と思って規模拡大を図りますと、トタンに息切れがして勢いが続かずに敢え無くバタンキューと言って仕舞うのです。
何故だろう?と大抵の失敗者は考えても判りません。其れは 資本主義の三原則を知らないで、金さえ有れば企業経営なんて簡単に出来る、と 酷い勘違いをして居るからです。 つまり
1.人=人材。2.物=商品・仕入れ先。3.金=資本。と言う順番で真っ先に必要なものは人=経営・管理・カリスマ性を持った人材です。そしてもし100人の会社を経営したければ、10人の優秀な部下が必要です。人間が一人で管理できるのは10人が限度だと言われて居ます。余程優秀な能力を持った人でも精々30人迄です。処が 其の優秀な人材を10人集めるのは並大抵では有りません。
結局 人在が集まらず、社長が孤軍奮闘して疲れ果てた挙句に倒産して仕舞うのです。昔 OA機器用の小型モーターを発明した人が居ました。20世紀最大の発明と言われて、日立・東芝・三菱と言った大手からその特許を買いたいとオファーが有りましたが、全部断り自分で勧業電機と言う会社を興して、全て自分でやろうとしました。物は素晴らしい商品が有ります。金は銀行が幾らでも貸しますと言って来ました。然し肝心の人=人材を集める能力が有りませんでした。で 莫大な借金を残して台湾か何処かに逃げて仕舞ったと聞きました。それ程人材の獲得は容易な事では無いのです。特に現在の日本は、歴史的な人材枯渇時代ですからねぇ~!
2011年8月10日水曜日
続 五山の送り火
「続 五山の送り火」です。陸前高田市で被災した松で拵えた薪を「五山の送り火」として焚く計画を、根拠の無い放射能汚染を心配した市民の苦情で、一旦は中止を決定したのですが、其れに対して連日500件を超す非難や苦情が寄せられまして、再度実行する事になりました。
京都五山送り火連合会の田中博至会長は、陸前高田市にもう一度松の薪を送って貰う事にして、「メッセージの書かれた元の333本の薪は、既に地元で焚かれて仕舞いましたが、今度の薪にも被災者の思いが込められています。鎮魂の心を籠めて丁重に焚きます」と言って居ます。
此れを聞いた全国の子供達から「初めからそうすればいいのに・・・」と笑われるでしょう。京都のオトナ達は何とケツの穴が小さいんだ!(御免なさい つい生まれも育ちも下品なもので言っちゃいました)
以前 京都の市長が言ってました。「京都は 此れと言った産業が有りません。観光が街の唯一の収入源です。だから 修学旅行で来て下さる小・中学生、一般の観光客の皆様を大切にしなければ街は滅びます」此の精神です。此の精神で「おおきに!」と 観光客を迎えて下さい。
京都のタクシーや、ホテルの従業員は大変親切です。其れだけ競争が激しいからでしょう。その一方で先斗町や祇園では未だに「一元様お断り!」と言う世界が有ります。<所謂エリートだけの限られた世界>を作り、其処を保持したいというノスタルジックな願望は、京都を孤立させるだけではないでしょうか?




