今日 病院へ行きまして、先日までの妻の入院費を払おうとしましたら、なんと財布が有りません。確か昨日は確かに有ったのに・・・と鞄の中を全部引っ張り出して見ましたが、やはり有りません。「落したか!?」と 思い背中に脂汗がタラリと流れました。会計の窓口は混雑して居ます。余り手間取っては後ろに並んで居る人に申し訳が有りませんから、列を離れてもう一度探しましたが、何度探しても有りません。
此の頃は年齢の所為で財布を無くすなんて間抜けな事を・・・と自分を責めながら、家路に帰る道すがら、昨日の自分の行動を振り返ってみました。
確かに 昨日スーパーに買い物に行った時、財布をナップサックに入れて・・・「そうだ!!ナップサックに財布を入れたまま、鞄に入れるのを忘れたのだ!!」と 思い出しました。
帰宅して真っ先にナップサックを調べたら「有りました!!財布が無事ありました!!」何しろ全財産(と言っても大した事は有りませんが・・・)と銀行のキャッシュカードが3枚が入った財布ですから、落したり、無くしたりしたら後が面倒です。兎に角 見つかってヨカッタ!ヨカッタ!です。 妻に其の事を話したら大目玉を喰らいました!
2012年4月5日木曜日
2012年4月4日水曜日
A.I.J.の大罪
然も 其の殆どが中小企業の企業年金と言う弱者の資金を、言葉巧みに勧誘して預かり、博打同然の投資をしてスッて仕舞ったのだから其の罪は万死に値するでしょう。老後のささやかな頼みとして、蓄えて来た年金を勝手に博打に注ぎ込んでパーにされては泣いても泣き切れないでしょう。
私も 僅かながら企業年金の受給者です。此のニュースが報道された時には正直に言って心配しました。自分の年金がどうなるのか? と 何時 そのお知らせとか、お詫びと言ったハガキが届くのではないか?と内心ビクビクして居ましたが、幸いな事に、其れも来ず、四月二日に予定通りの年金の振り込みが有りましたのでホツとして居ます。
然しながら 野田総理を始め民主党の結束力の無さで、消費税の増税や・社会保障費の一体改革が一向に進みません。此れでは企業年金どころか、厚生年金や、その他の社会保障がどうなるのか誠に不安です。
2012年4月2日月曜日
リハビリ―生活
「リハビリー生活」妻が懸命にリハビリをして居ます。人間 今迄当たり前に出来て居た事が突然出来なくなると、どれだけ精神的衝撃を蒙るものか、がまざまざと思い知らされました。
一月末の発病当時は只<立つだけ>と言う人間の基本動作が全く出来ませんでした。其れから二月中旬にやっと物に捉まってほんの数秒間だけ立って居られるようになりました。そして歩行器にしがみ付く様にして、看護士さんの支えでトイレまで行ける様になりました。此の時の妻の表情にやっと笑顔が戻って来たのを忘れません。排泄行為が自力で出来ると言う事が、如何に重要な行為であるか改めて認識しました。
其れから誰の補助も無く歩行器での歩行が出来るようになり、三月十五日に脳の血管のバイパス手術をしました。
そして術後の経過も良くて、三月二十五日に目出度く退院となりましたが、未だ家の中での生活には様々な課題が有りまして、特にお風呂は最も危険な場所で、此処にバリヤフリー工事を最重要でやりました。それでも私の補助無しでは危なくて湯船に入る時と、上がる時には体を支えてやりました。昨夜 それが一人で出来る様になりなったのです!!
人間の力は凄いものがあります!!立つ事さえも出来なかった人が、独りでお風呂に入り、上がって来る事が出来る所迄回復したのです!!モチベーションを持って頑張れば凄いものだと感激しました。
2012年3月31日土曜日
「バリヤフリー」 妻の退院に伴い 自宅の内外をバリヤフリーにする為の工事をしました。昨日朝から大工さんが左官屋さんと一緒に来て、一日で瞬く間にやって呉れました。
妻が退院する前から現場のスケッチをして、寸法取りもして有り、作業は誠にスムーズで手際は見事でした。さすがプロの仕事と言えます。
まず玄関の門扉・石段に手摺りを着けて、それから屋内の廊下・風呂場・階段に手すりを着けました。此れだけの大仕事を何とたった一日で完成させて呉れたのです。
何しろ 退院して来た妻が一刻も早く生活が出来る様に、と言う配慮から材料手配から、据え付けの段取りまで、全く無駄が無く、見て居て惚れ惚れする程の鮮やかなもので、普通 作業を進めながら、「あれはどうしましょう?此れはどうしましょう?」といちいち相談をしながらやるのが当たり前ですが、そんな煩わしい事は一切なく、以前の打ち合わせ通りに勧めて呉れました。
私は 手持無沙汰でする事も無く、テレビの高校野球を見て居まして、時々作業の進み具合を覗いて居ました。そして夕方五時頃「終りました。此れで失礼します。外の作業のコンクリートの固まり具合を明後日に点検に来ます」と言って颯爽と帰りました。プロの職人はこうで無くてはいけませんねぇ~!!恐れ入りました!!




2012年3月29日木曜日
介護保険2
「介護保険2」私達が強制的に加入させられて居る介護保険ですが、簡単に利用できる と思って居ましたが大間違いでした。
先ず 此の介護保険を利用させて貰うには、大変な段取りを経なければなりません。
1.市町村の窓口へ申請。
2.調査員の訪問調査。此処で役人ぶった横柄な調査員の不愉快な調査を受けます。
3.コンピュータに依る一次判定。調査員と医師の意見書をコンピュータで判定します。
4.介護認定審査会に依る二次判定。此の認定審査会での会議で、介護保険の利用が可・不可が決められます。
其処で 要介護1~要介護5迄、其の下のランク要支援1~2迄のランクに分別されて、介護保険の利用出来る金額が<本人の意思>には関係なく決められるのです。然し 介護保険料は一律に負担させられて居ます。なにか矛盾を感じます。
私の妻の場合は、ケア・マネさんの推測では<要支援1>と言う一番軽いランクになるだろう と言う事でした。だから 大した金額の利用は出来ないでしょう。介護保険料は全額払って居るのに。
何だか納得出来ませんねぇ~
2012年3月28日水曜日
介護保険1
介護生活を始めました。当然の事ながら初めてですから、戸惑う事ばかりです。先ず<介護保険>の利用申請から始めなければなりません。 それで区役所の窓口へ行きまして、申し込みをしました。此れで申し込みが済んだ途思いきや、此れは序の口でした。後日 区役所の介護保険の担当者が入院中の病院に調査に来まして、ゴチャゴチャと患者の状態を聴きまして(かなり突っ込んだ内容で答えにくい質問もスケズケ無作法に聴かれた)最後になって「此れで調査が終りましたので、あとは適当なケア・マネージャーを探して下さい」と言いましたのでビックリしました。
「エッ!ケア・マネージャーを自分で探すのですか!?!何処に聞けばいいのですか?誰か紹介して呉れませんか?」と聞きますと、「私は ケア・マネの紹介はしません。介護保険の申請窓口業務をするだけです」と ケンモホロロの応えです。余りの酷い態度に遂に私はキレまして、「あんたは一体なにをしに来たんだ!!そんな無礼な仕事をする為に来たのなら、不愉快だ!カエレッ!!」と怒鳴りつけて仕舞いました。
其の区役所の窓口担当者(中年のオバサン)はそう言う事に慣れて居るらしく、泰然自若ビクともしませんで悠々と大きな尻を振りながら帰って行きました。
幸い ケア・マネージャーに知り合いが居ましたので、何とかコンタクトが出来まして、懇切丁寧な対応をして貰いました。此方はもう 丁寧過ぎてまだろっこしい位でして、高齢者やその家族を相手にするので、敢えてユックリと丁寧に喋るのだそうです。全く 区役所の担当者(多分派遣社員でしょう)と比べると、閻魔大王と観世音菩薩の違いでした。所詮はお役人根性って奴ですか!
2012年3月27日火曜日
仮病患者?
「偽 病人?」 昨日アップした認知症の老婆の話です。実はこの婆さんは認知症らしいのですが、どうも様子が怪しいのです。医者や看護師が「今日は何月何日ですか?」と聞きますとトンチンカンな事を答えます。そして「私の主人が先程見舞にきたけど・・・何処に行っちゃったの?」とか 言いますが、此の人のご主人はもうとっくにお亡くなりりなって居まして、見舞いに来る筈は有りません。そして夜なかにベッドから抜け出して病院の内外を徘徊して廻るのです。然も 翌朝にはチャンと元のベッドに戻って居て何事も無かった様に涼しい顔をして居ると言うのです。
ところが 此れがどうも演技らしいのです。今迄 何度かそう言う事が有って、医師や看護師に厳重注意をされても<認知症>を装って居て全然効きません。病院の担当者が自宅を訪問して退院もしくは転院の話をしましたが、息子さんの嫁さんが、逆に病院側の不備な点を近所中に聞える大声で喚き散らして話し合いにならないあり様で、スゴスゴと引き上げざるを得なかったそうです。
此の話をして呉れた某主任看護師が想像するのには、此の患者さんは、此の嫁さんに酷い仕打ちを受けて居て、家には身の置き処が無いので、可哀想に認知症と言う<仮病>を演じて居るのです。今迄に二度も病院側でタクシーに乗せて、自宅迄送りましたが、二度とも即座に救急車を呼んで病院に送り返して来たそうで、もう病院側もお手上げ状態です。
然し 息子の嫁さんにこれ程<厄介者>扱いにされて居るお婆ちゃん、哀れですねぇ~