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2011年10月31日月曜日

巧妙な野球


 昨日は孫の中学校の静岡県新人戦、中部大会の応援に行って来ました。そして 孫の中学は見事に負けました。
 新人戦ですから、中学一年生と二年生のチームで戦うのですが、我が方のチームは二年生主体の大型選手で編成したチームです。
 一方 相手チームは山間の田舎の学校で、単独ではチームの編成が出来ずに、二校の合同編成のチームで、おまけに身長150?位のチビッコが半数を占めると言うチームでした。
 此のメンバー達を見て「此れは楽勝じゃわい!」と思いましたが、とんでもない間違いでした。先ずコノチビッコ打者がバッターボックスに入ると、蟹さんの様に構えるのです。背を極端に低く構えてストライクゾーンが狭くて、ピッチャーが投げ難い構えをするのです。そして2ストライクを取られると、コツン・コツンとファウルを打って、ピッチャーが根負けするまで粘ります。堪らずピッチャーが4ボールを出しますと、今度はバントで二塁へ送ります。此のバントが実に上手いバントをするのです。さて 二塁走者を又バントで送ります。此れもピッチャ―左のややこしい位置に上手に転がすのです。やっとの思いでピッチャ―が取って一塁へ送球して居る間に、何と二塁走者が三塁を回ってホーインして仕舞うのです。実に鮮やかと言うか、狡いと言うか、アレヨアレヨと言う間に3点取られて負けて仕舞いました。勿論 守備の面でも相当鍛えられて居まして、右中間・左中間を抜けそうな当たりをダイビングキャッチで3本も取られまして1点を取るのがやっとのあり様で、試合が終っても負けた様な気がしませんでした。

2011年10月28日金曜日

ルミネ


 有楽町にファッションビル「ルミネ有楽町店」が今日オープンしたそうです。一時 六本木や新宿・渋谷などにファッションやグルメのトップストリートを奪われて居ましたが、また銀座が巻き返しをして来ました。
 昔は 年末になると、田舎から出稼ぎに来ていた人達が、銀座三愛の買い物袋を持って上野駅から夜行列車に乗る大テントに並ぶ姿が、帰郷スタイルのステイタスでした。
 東北の人達の故郷を想う気持ちの強さは、我々の想像を遥かに超えたものがありまして、若い頃 東北から来ている会社の同僚に聞きました。「お前 そんなに必死になって故郷に帰って、何をするんだ?」と 其の返事にはガッカリしました。「何もせず 家にジッとして居るか、2~3人集まって酒を飲み、東京の悪口を言って居る」そこで「そんなに嫌なら東京なんか来なきゃいいのに!」と言いますと「田舎じゃ何もネェし、喰えネェ!」と吐き捨てる様に言いました。<よしいくぞう>の歌じゃありませんが田舎じゃ何も無いのです。
 何もかも全てが東京で、銀座で人が集まり、金が集まり、国が成り立って居るのです。田舎は恐ろしい位に過疎化が進み、独居老人ばかりになりました。
 華やかに光のあたる銀座の一方で、光の当たらぬ田舎が全国にドンドン増えつつある現実の厳しさを、どうすればいいのでしょう? 

2011年10月26日水曜日

舟を捨てよ

 今日の静岡大学 湯の上教授の第三回講義は、二つの大きなテーマがありました。
 ◎一つ目は 仏陀(お釈迦様)の言葉『煩悩の激流を渡れ。そして 渡ったら舟を捨てよ』先ず 人生に煩悩は避けられません。激流として迫りくる煩悩には恐れず果敢に渡り切れ。そして渡って仕舞ったら、いつまでも舟(仏陀)にしがみ付いて居ないで舟(仏陀)をサッサと捨てなさい。
 人間は弱いものです。仏陀に救われた事を忘れられなくて、何時まで経ってもしがみ付いて居てはいけない。自分の力で前へ進みなさい と言う事です。
 ◎二つ目は 538年 仏教が日本に伝来した時、経典は漢文で到来しました。中国ではインドから経典が到来した時には、サンスクリット語でした。其れを中国の鳩摩羅什、玄奘三蔵等の優れた僧たちが何百年と言う膨大な時間と努力で漢文に翻訳しました。
 一方 日本に仏教の経典が入って来た時は漢文でした。其れを日本の僧たちは漢文の侭取り入れて和文に翻訳しませんでした。何故なら 当時の僧たちは、漢文にレ点等を打つ事で、其の漢文が読めて、意味が理解出来たのです。そして凡そ600巻も有る経典を翻訳するのは必要ないと思ったからでしょう。
 そして お坊さんがあげるお経は、呉音の漢文の侭こんにち迄伝わって居るのです。

2011年10月24日月曜日

眞子様


 眞子様 其の溢れる気品と美しさは、矢張り平民にはとても及ばないものが有ります。物腰と言い話し方といい非の打ちどころが有りません。同じ人間でありながら、その辺のお嬢様とどうしてこうも違うのでしょうか?
 血筋と育ち方に有るのでしょうね!所詮は我々凡人には無縁の世界です。生きる為に必要な<銭儲け>とか<出世競争>と言った<バイ菌>に塗れる事の無い<無菌室>で<純粋培養>された美しいお方なのです。我が国にもこう言うお方がおいでになる、と 誇らしげに思えるのであります。
 アメリカには居ませんよ!! ざまぁみろ!!

2011年10月23日日曜日

橋下さん


 22日 橋下大阪府知事が辞表を提出しました。近く告示される大阪市長選挙に立候補する為だそうです。現職の平松邦夫市長と行政方針で悉く対立して、遂に「此の際 自分で市長になってやるか!」と 立ち上がったのです。更に 大阪は、府と、市の二重行政になって居るから無駄である。此れをひとつにして「大阪都」を作るのだ。という構想のもとに旗を掲げたのです。
 昔から大阪は独特の地域性が有りまして、中央政権(東京)には理屈抜きに反目する癖が有ります。そして 今尚 大阪は東京よりも進歩的で、あらゆる面でレベルが上だと思いたいのです。
 しかし現実には 東京と比較して、全ての分野で既に一桁以上の差がつけられて仕舞って居て、其の差は開く一方です。
 原因は大阪の歴史に有ります。豊臣秀吉時代から大阪は、問屋の街として四百年以上の伝統が有り、此れが現代に至っても足枷となって街の発展を妨げて居るのです。乾物・繊維・薬と言った問屋さんが、未だに街を牛耳って居て、其の権力は絶大なものが有ります。都市計画をして問屋街の整理をしようと計画をしたら、問屋さん達の猛反対に逢い、そこへ巧みに暴力団が介在したりして、とても綺麗事では実現出来ません。あの汚い・臭い道頓堀のヘドロを浚って綺麗にしようとしても「その筋」の許可が無いと出来ないそうです。何が出て来るか分かりませんから・・・
 そんな 諸々の「伝統」の有る大阪を橋下さんはどうするのでしょう?

2011年10月22日土曜日

セレブの逃亡

 ギリシャ国民が、政府の打ち出した緊縮政策追加に反発して暴動を起こして居ます。国民の言い分は、国民のごく少数の高所得者や、国に溢れている公務員を優遇して、国民の大半を占める低所得者層に大きな負担をかける政府案に反発して居るのです。
 富の不公平はアメリカを始め、世界中でも起きている現象です。富める者は際限なく富み、貧しい者は益々貧しく、富の偏在は世界中の貧しい人々を苦しめます。貧しい人は、少しでも富める人の仲間に入ろうとして、まるで芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」の様に群がり寄り、争い、人類の歴史が始まって以来何千年もの昔から戦って居るのです。実力有る者は、無力な者を虐げ、富の独占をします。然し 其れも永くは続きません。次に現れた実力者に倒され、又次の実力者も・・・と、何千年も此の愚かな争いを繰り返して来たのです。
 ギリシャはユーロ圏17カ国が、債務を大幅にカットして、更に80億ユーロ(8,480億円)を融資する事で、11月のデホルト(債務不履行)を取り敢えず忌避する見通しになりましたが、未だ根本的な解決にはなりません。ギリシャ政府も、ユーロ圏諸国も、ギリシャの民間に応分の負担をするよう働きかけて居ますが、ギリシャのセレブ達は、サッサと自分の資産を国外へ移したり、移住したりして、災難逃れをして居ます。言わば自分達の所為で国が大変な事になって居ると言うのに、此の無責任な行為は赦せません。ガダフイ大佐や、サダム・フセインと同じです。
 日本のセレブな人達も、コソコソとそんな動きをしている様です。嫌な奴等ですねぇ~! 何とかそいつ等をとっ捕まえる事は出来ないものでしょうか!?!


2011年10月21日金曜日

ガダフイ大佐


 ガダフイ大佐が殺害された と言うニュースが伝えられました。彼の独裁政治に反対する勢力に追い詰められた挙句の哀れな末路です。
 然し 彼は1969年 其れまでの皇族に依る独裁政権を倒し、民衆に依る民衆政治を打ち立てた英雄でした。言うなればアラブ世界の最後の英雄と言われたのです。
 其れが 46年間も英雄で有り続ける事は出来ませんでした。自分が嘗て救った筈の民衆に依って、排水溝の中まで追い詰められて「撃つな!」と絶叫して息絶えたと言われて居ます。
 英雄も 余り永く権力の座に居続けると、必ず反対制力に依って悲惨な最期を迎える事になるようです。民衆は我が侭です。今まで圧政に苦しめられて来た政権を倒した人を、英雄として崇めたてまつりますが、其の政権が永く続いてボロが出始めると、次の新しい英雄の登場を望む様になります。
 歴史とは 其の繰り返しで繋がって行くのですね。アラブ諸国に比べると、日本は平和でいいですね。