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2007年6月17日日曜日

麗しき女性



嵯峨天皇の皇女 正子内親王の像ではないか?と思います。大覚寺の正寝殿に飾ってありました。
平安時代こんな美しく気品のある女性が此処に住み、御所車に乗って京都の街をゆったりと移動されて居たと想像すると、限りないロマンを感じて、現代の細かい事なんかどうでもよくなり、体の各部分が緩んでいきます。

2007年6月16日土曜日

生きて居ました!!



今朝の富士山です。気象庁が「梅雨入り宣言」すると晴れの日が続くと言うジンクスがあるそうですが、今日はその通りの朝になりました。まさにハズシの気象庁の名に恥じませんね。

下の写真は、いつもの公園に生息している鶏です。旅行に行く前(5/23)に木の茂みで発見しまして、帰って来てからは姿を見ませんでした。だから「ああ 可哀相に きっと何者かの胃袋に入れられちゃったのかな?」と密かに哀悼の意をもって居ました。ところがなんと居ました生きていました。場所は以前より少し移動してましたが、あのトサカの曲がり具合といい顔といい間違いありません。此処は獰猛な野良猫や野犬もカラスも居ます。この厳しい環境の中でよくぞ生きていてくれた!! 思わず叫んじゃ居ました。今朝は美しい富士山は見られたし、鶏クンにも再会出来て気分は最高です。!!

2007年6月15日金曜日

天龍寺



臨済宗 天龍寺派大本山天龍寺です。1339年 吉野で亡くなった後醍醐天皇の菩提を弔うため、足利尊氏が夢窓国師を開山として建立した と言われています。尊氏は後醍醐天皇の敵方だったのに・・・自分の仕業に気が引けたのでしょうかそれでもその後600年のあいだ尊氏は朝敵の汚名をきせられました。

此処のお庭は美しい事で有名ですが、もっと驚いた事は、上の写真の「諸堂参拝入り口」を入ってすぐに目に入る下の写真「ツバメの巣」でした。庫裏の天井に大きな巣が有って、中には雛鳥が7~8羽、そして親鳥が拝観客の顔をかすめるようにしてセッセセッセと涙ぐましい努力で餌を運んでいました。尊氏の罪滅ぼしかな!?!

2007年6月14日木曜日

一休さん


一休さんです。大覚寺への参道入り口近くにありました。食事処の店頭に居て「おいでやす」とお客様の呼び込みをしてました。テレビアニメでご存知の様に、一休さんと言えば後小松天皇の御楽胤で叡智の優れたお方ですが、食堂の呼び込みをさせるとは・・・!?!

実は 大覚寺へ行く道を間違えました。足に自身がありましたので、JR山陰線の嵯峨嵐山駅から歩いて大覚寺まで行く事にしまして「♪あるこー♪あるこー♪わたしはぁ元気ぃー♪」と言う訳でドンドン行きましたら、道を間違えて「化野念仏寺」まで行ってしまいました。(いくらなんでも遠過ぎるなぁ?)と思って、丁度そこに観光バスが居ましたのでガイドさんに聞きましたら「あら大変!この道は違いますよ! 今来た坂道をズーッと下まで下がって、信号を左に曲がればすぐですよ」 エーッ!!ドヒャーッ!! この日は暑い日でした。いっぺんに全身から汗が吹き出たのであります。 それを見かねたガイドさんが「丁度このバスは下まで行きますから、そこまで乗せてあげましょう。内緒ですよ」と女神様の様なお言葉を賜りまして「感謝感激雨霰」冷房の効いた素敵なバスで下まで送って貰いました。そうして有難く、目出度く大覚寺に到達致した次第でありました。

2007年6月13日水曜日

大覚寺




大覚寺です。説明をされた坊さんは実に弁舌爽やかで見事な説明でして思わず聞き惚れてしまいました。それを要約しますと、空海が遣唐使に随行して二十年で「真言密教」を勉強して来る筈が、空海は聡明の余り、たった二年で会得して帰って来てしまったのです。「二十年」でと言うのを「二年」ですから「国命違反」です。空海が罰として福岡に留め置かれた後、赦されて上京した時、幸運にも時の嵯峨天皇に拝謁する事が出来ました。嵯峨天皇は空海に会ってその人品骨柄の優秀さに驚くとともに肝胆相照らす仲となり、真言密教に深く帰依して、空海に高野山に真言密教の総本山を建立する事を許可したそうです。

下の写真は、平安の三筆と言われた 空海 嵯峨天皇 橘逸勢の内の一人 嵯峨天皇の真筆の「般若心経」が収められた「勅封心経殿」です。説明のお坊さんは「実は私も実物を見た事はありません。何しろ六十年に一度だけの御開帳ですから」私も字には余り自身が無いので、せめて写真でもいいから嵯峨天皇の文字を拝みたいものと思い、お坊さんに質問しましたら「此処にはありません。東京の博物館に写経と絵があります」とのご返事でガッカリでした。大覚寺の正式名称は旧嵯峨御所大覚寺門跡で、真言宗大覚寺派の本山、いけばな嵯峨御流の総司所です。

2007年6月12日火曜日

ようやく京都に来ました





福岡での日程を消化して、京都に到着です。 久し振りに姉と再会してその元気さに安心しました。姉の自宅は車折神社の近くですから、そこからすぐ近くの嵐山に行きました。

外人女性が人力車に乗ってましたので声をかけたらポーズをとってくれましたが、丁度有名な料亭「吉兆」の前でした。お昼の食事でも一人¥60,000以上と言う「吉兆」です。そのあと 「美空ひばり記念館」の前を通ったら・・・何と閉館になっていました。時代は移り入場者が減ってとうとう閉館に追い込まれてしまったようです。私達「ひばり世代」にとっては真に寂しい事です。

2007年6月11日月曜日

九州国立博物館

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太宰府天満宮に隣接する「九州国立博物館」です。
福岡市は大陸からの玄関口ですから、古代からの文化の伝わり方が豊富な展示品を見て興味深々で、広い展示室中を無我夢中で歩き回りかなり疲れました。
特に興味を引かれたのが、興福寺の阿修羅像のレプリカで、本物ソックリに出来てました。
もう一つは志賀島から出土した「金印」のレプリカです。本物は福岡市立博物館にあるそうですが、本物と寸分違わず出来ていて「漢倭那国王」と刻印して金ピカに光っていましたのでつい古代のロマンを感じて、売店でお土産品の小さいのを買って来ました。それが下の写真です。
さて 気が付けば目が廻りそうな空腹状態でした。そこで 姪の案内で福岡市内荷戻り、愛宕神社の近くにある食事「よひら」で豪華な「四季の会席」をいただきました。食事は美味しいし、景色はいいし大満足で御座いました。