2011年6月30日木曜日
原発の虚構
経済産業省の「エネルギー白書 2010年度版」に依りますと、1kw時を発電するのに必要なコストは 原子力発電=5~6円、天然ガス火力発電=7~8円、水力発電=8~13円、風力発電=10~14円、太陽光発電=49円 とされて居て、原発が最も安いと書かれて居ます。
ところが 立命館大学の大島堅一教授は、電力会社の有価証券報告書ををもとに、原発のコストを調査、経済産業省の発表が如何に誤魔化しであるかを看破しています。
1970年から2007年迄の発電費用に、原発開発促進費用の為の税金、使用済み核燃料の再処理費用等を加えて計算しました。
結果は 原子力発電=10.68円、火力=9.9円、水力=7.26円となり、原子力発電のコストは、経済産業省の二倍になります。
そして更に 電機用金明細書に明記されて居ない金額が、一般消費者に負担させられて居るのです。「電源開発促進税」此れは所謂<交付金>として原発の地元に運転開始までの10年間、449億円が支払われます。運転開始後も地元との話し合いで引き続き払われるのです。其れは 全部我々消費者の負担になります。それに使用済み燃料の再処理費用と併せて、月額300円程払わされて居るのです。だから 原発の発電コストは10.68円どころか、もっと高いものになります。其処が政府と電力会社の悪質な誤魔化しなのです。
もっと極め付きなのは 今回の原発事故に伴う「損害賠償費用」も此の電気料金にチャッカリ組み入れられるでしょう。
電気事業連合会会長の八木誠(関西電力社長)は、記者会見で「保障費用負担は、事業コストに織り込めると理解して居る」と言い <料金転嫁は当然>と堂々と言い放って居ます。もし 其れに異を唱えたら「じゃぁ 国の税金でやって呉れ!」と開き直るでしょう。マッタク 横暴極まりない奴等です。
怒りの橋元知事と八木社長です。
2011年6月29日水曜日
東電の株主総会
東京電力株主総会 会場のプリンスホテルは不測の事故が起きてはと、ピリピリ神経を尖らせて、警察の機動隊250人の出動を要請して、まさに戒厳令下の開催になりました。
予想通り 株主の関心は高く、8,000人の席を用意しましたが、其れを遥かに超える9,305人の出席者が有りました。
先ず 勝俣会長の原発事故の「お詫び」に始まり、清水社長の「決算報告」の1兆2,500億円の赤字が報告されると、会場はヤジ・怒号の坩堝となりました。然し 個人株主の「脱原発」の提案は、事前に東電が大株主の金融関係に根回しをして居り、アッサリ否決されました。
何しろ 事故前の株価が一時¥2,000だったのが、¥200になって仕舞ったのですから、その含み損たるや莫大で、株主さん達のお怒りは半端じゃないのです。大体 電力株を買う人は、仕事を定年退職して、その退職金を全部注ぎ込んで、配当金で悠々自適の生活して居る方々が殆どです。又 其れがサラリーマンの理想のパターンとして、憬れの的だったのです。
其れが突然此の有様ですから、一説では全国に9万人居ると言われる東電の株主は、其の殆どが老後の生活が成り立たなくなって仕舞ったので、事態は極めて深刻です。噂では 株主総会の会場前で焼身自殺をする人が出る、と言われて居ましたが何事も無かったようでした。然し 政府は此の株主の救済は全然考えて居ません。此の株主達も被災者ですが・・・結局 大企業と政官界の汚い癒着が此処でも露わになりました。
2011年6月28日火曜日
日本文学概論 10
「日本文学概論 其の10」今日の静岡大学 岡崎先生の講義は源氏物語にも影響を与えたと思われている「大和物語」に就いてでした。
「大和物語」は源氏物語以前のものですが、ストーリーはシンプルで
『むかし 津の国にすむ女ありけり。それをよばふ男ふたりなむありける。(昔 摂津の国に住む女がいました。それに想いを寄せる男が二人いました。)』と言う書き出しで始まりまして、二人の男は年頃も同じ、人品骨柄も同じ位で、心ざしのほども、ただ同じようなりで、女はどちらの男にしようかと思い悩む訳です。そして父親に「どうしましょう?」と相談します。
其処で 女の父親が、二人に男に提案します。
「あの水鳥を射てみよ。命中させた方に娘を呉れてやる」其れは良い方法だと二人は弓を持って矢を射ました。一人の矢は水鳥の頭に当たり、もう一人の矢は尻尾に当たり、此れでは決着が付きません。困り果て女は 思い余って死を決意して川に身を投げて仕舞います。其れを見た男二人も女を追って身を投げ、とうとう三人とも死んで仕舞いました。
「大和物語」では斯様に三人の死と言う結末が明確に書かれて居ますが、「源氏物語」の浮舟は身を投げても助けられ、その後はどうなったか分かりません。此の様に紫式部は結末を暈して、あとは読者に想像させる・・・と言う手法をとって居ます。
2011年6月27日月曜日
太陽光発電
ソフトバンクの孫正義社長の提唱する「耕作放棄地に、太陽光発電パネルを・・・」のご意見に大賛成です。
此の狭い日本に 農家が耕作を放棄した土地が、なんと40万へクタアールも有るそうです。其の内で、何とか再利用出来る農地が10万へクタアールで、残りの30万へクタアールは、もうどうしようもない土地になって仕舞って居る と 鹿野農林水産大臣が言ってます。其の30万へクタアールの土地を利用して、太陽光パネルを設置すればよい、と鹿野大臣も孫社長の案を推奨して居ます。
問題は このプロジェクトが国家規模の大きなものになりますから、其処にまつわる既得権益を我先にと奪い合いになるでしょう。先ず政治家が<甘い汁>に武者ぶり付き、次に電力会社、機械メーカー、電機メーカー、そして不動産ブローカー等 人間の醜い所を丸出しにして血で血を洗う凄まじいものになるでしょう。特に<経団連><日経連>と言った連中の阿修羅顔が目に見える様です。
其の結果 お金持ちは益々お金持ちになり、我々貧乏人は唯指を咥えて見て居るだけです。悔しい事では有りますが、未だ 自民党を始め代議士各位は<原発の夢醒めやらず>で、原発にしがみ付いて居ます。 もし菅さんの提唱する、自然エネルギー発電が実現しそうになれば大変です。でも 厚顔無恥な先生方ですから、涼しい顔をしてアッサリ乗り換えて来るでしょう。
2011年6月26日日曜日
世界遺産 平泉
平泉がユネスコの世界遺産に登録される事になりました。一度落選して地元の人々を落胆させていただけに、今回の当選は喜びもひとしおでしょう。更に 今年は未曽有の大震災に遭遇しただけに、<復興>への何よりの励みになります。
凡そ1000年の昔 都の京都から遥かに離れた平泉で、藤原三代の遺産が、源頼朝の殲滅作戦にもめげず、良くぞこんにち迄残ったと感心します。恐らく此の地で果てた源義経も、武蔵坊弁慶も遥か天空の彼方で喜んでいるでしょう。 此の遺産を後世に残す為の1000年にも及ぶ世々代々の人々の弛まぬ努力に敬意を払います。
今後も 何十年、何百年と末永く守られて行く事でしょう。お目出度う御座います
2011年6月25日土曜日
政府の愛玩犬
アメリカの元国防総省・核戦略分析家 ダニエル・エルスバーグ氏の興味深い論文を読みました。其の要点は「アメリカのマスコミは、9:11同時多発テロ以降、政府のラップ・ドッグ(愛玩犬)になり下がって仕舞った」と言うものです。
9:11以降 政府の方針に反対したり、批判的な報道をすると、<異端者><テロリスト>と言われる事を必要以上に恐れて、健全な批判精神が無くなって仕舞い、可愛い愛玩犬になって居ると言う訳です。そして 日本でも同様にマスコミの政府・権力への媚諂いが甚だしいと言うのです。民主党政権に対して、其れ以前の自民党政権に対しても、国民不在のやりたい放題なのにマスコミの取材態度は、其れに鋭く突っ込み、切り込む事はしませんでした。<ぶら下がり取材>で、いくらでも切り込むチャンスは有りながら、何もせず 只コメントを録音するだけでは、マスコミの役割を果して居ません。此処に 日本の政治家の堕落の要因が有り、マスコミの責任は重大と言わざるを得ません。完全に政治家から舐められて居ます。
取材記者の能力不足か、教育不足か、其れとも政党から「お目溢し料」が払われて経営の苦しい報道各社が助けられて居るのか? 芸能記者が 芸能人にインタビューで鋭く切り込む、あの方がよほど的を得て居ます。情けない話です。
2011年6月24日金曜日
西山審議官
原子力安全・保安委員会の西山審議官が、週刊誌に女性問題を掲載されたそうです。詳細は その記事を読んで居ませんから不明ですが、此の危急存亡の時に、国家公務員として赦せない事です。本人は「此の様な報道をされる事自体が、自分の不徳の致す処で、真面目に仕事をして居るのか?と言われない様に努力をします」と言って居ますが、ハッキリ否定をしない所が怪しいのです。過去の記者会見でも、「東電の報告には、私も騙されました」なんて自分の無能力を平気で曝け出す人間ですから、呆れてものも言えません。こんな人を此の大事件のスポークスマンとして、最前線に立たせた班目委員長も同罪です。即刻更迭すべきです。さもないと東電のやりたい放題では、福島原発の終息出来ません。こんな連中に税金で高給を払い、間も無くボーナスも支給されます。笑いが止まらないでしょう。非難して居る人達の「一刻も早く終息を・・・」との切実な願いは遠のくばかりです。
2011年6月23日木曜日
沖縄慰霊の日
沖縄全戦没者追悼式が行われました。1945年6月23日、米軍のの沖縄上陸作戦で、一週間にわたる激戦の果て、凡そ20万人余の沖縄県民の犠牲者(殆どが女・子供の民間人)の御霊を慰霊する為のものです。それから66年の月日が経ちましたが、沖縄県の皆さんには、今尚其の生々しい悲惨な記憶が郷土の風や、海や、土に焼き付いているでしょう。
沖縄の仲井間知事は、式辞の中で、「今尚沖縄県民は 米軍基地の騒音と危険性に曝されている。此れを一刻も早く解消して貰う様に、政府に対して全力で働きかけて行く」と言いました。
また 菅総理も「沖縄の基地負担お軽減を果たすべく、全力で取り組む」と言いました。然し 此の二人の式辞は全県民の切なる願いも虚しく、実現される事は無いでしょう。
仲井間知事は 只 <政府にお願いする>事だけしか出来ないのでしょうか? もっと色んな形で行動を起こす方法は無いのでしょうか? 例えば アメリカの国防総省の有力な高官に直接働きかけるとか、様々な手段を遣って執拗なまでにアプローチをして、遂には外交問題にまでして仕舞うとか。そして 揉めに揉めてとうとう日米政府が本気にならざるを得ない処まで持って行くのです。
今のままで 日本政府にお願いするだけでは100年待っても埒が明かないでしょう。なにしろ 民主党にしても、自民党にしても「本気でやる気」は全然無いのです。只 選挙用のリップサービスで「沖縄・基地問題」を喋って居るだけで、実行する気も無いし、実行できるとも思っても居ません。<日米外交交渉>なんてカッコイイ事を言っても、実際にはアメリカに言いたい放題言われっ放しですから、アメリカは日本の「お願い」なんて屁くらいにしかおもっていないでしょう。
2011年6月22日水曜日
伏魔殿
今 顔を見たくない人の代表格の人が、愈々退任すると言う事で福島に挨拶に行きました。退任しても 表向きは<退職金無し・功労金無し>知う事ですが、嘘でしょう。きっと闇でタップリ退職金などを貰って、天下り先もチャンと用意されているでしょう。だから当然挨拶に行っても佐藤雄平福島県知事から辛辣な応答を受けました。
『東京電力の清水正孝社長と次期社長の西沢俊夫常務が21日、福島県庁を訪れ、佐藤雄平知事に福島第一原発事故について改めて謝罪した。
社長交代の報告に佐藤知事は「社長が代わる前に事故収束の報告を聞きたかった」と不満をあらわにした。
清水社長が「被災地の話を聞き、つらい状況に置かれているという気持ちだ」と神妙に話すと、佐藤知事は「社長、役員は福島にいらっしゃい。100日間いないと分からないと思う」と福島入りが4度目の社長を暗に批判。さらに、「(東電)本社の記者会見は緊迫感、切迫感がなく、遠い感じがする」「2、3時間で福島県民の実態は分からない。毎日、この戦場のような状況を眺めながら生活しないと」と 辛辣 ( しんらつ ) に語った。清水社長は「社会に大変大きなご不安をかけた」「(収束は)道筋に沿って着実に」と語るにとどまり、西沢常務はほとんど語らなかった。』
佐藤知事は紳士ですから穏やかな言葉遣いでしたが、腸が煮えくりかえる思いだったでしょう。何しろ 未だに<不手際><隠蔽>と言った事実がボロボロ出て来てどうなって居るのか!と言う状態ですから・・・まさに東京電力は<伏魔殿>です。
2011年6月21日火曜日
源氏物語 浮舟2
今日の静大の岡崎先生の講義は、先週に続いて「源氏物語 宇治十帖」「浮舟」の続きでした。
紫式部と言う作者は独特の癖が有りまして、此の物語には明らかにモデルと思える人が居ますが、其れを承知して居ながら、敢えて明らかにしません。
例えば「桐壺帝」は源氏物語の書かれた凡そ百年ほど前の、第六十代醍醐天皇がモデルだと言われて居ます。勿論 紫式部はそれをよく承知しながら、実名を明らかにするのを憚られる理由が有ったのでしょう。
或いは 時の超々実力者であり、パトロンでもあった藤原家長の指示があったのかも知れません。何しろあの長大な物語を書くには、其れなりの情報を集めなければなりませんし、当時としては大変な貴重品であった紙をふんだんに入手するには一介の女流作家では出来ません。矢張り其処には藤原家長と言う協力者が居た事は疑う余地がありません。藤原家長は 権力をフルに活用して、物語に必要な情報を集めさせ、用紙を沢山提供した と 思われます。其処で紫式部は藤原家長の意向に沿い皇室を傷付けない様に配慮したのです。
それで 源氏物語の書き出しが「いづれの御時にか・・・」となる訳です。
そして 光源氏が亡くなる時 第43帖「雲隠れ」の巻では ハッキリと光源氏が亡くなったとは書いて居ません。あとの成り行きを読んで亡くなった事を知るのです。
「浮舟」でも 薫と匂宮の二人の男性から想いを寄せられて、進退極まった浮舟が宇治川に身を投げる事になって居ますが、その身投げのシーンは書かれて無くて、川下で水に浮かんでいる浮舟が助けられたと、書かれて居ますが、其の後 浮舟がどうなったのかは分かりません。
此の様に 紫式部の作品は、肝心な部分を書かないで、読者に想像させる、と言う形態的な特徴があります。
2011年6月20日月曜日
日本人を殺した
「日本人を殺した」と言う物騒な題名のドキュメンタリーを昨夜見ました。NHKで午後9時からの番組で、見ながら「見るんじゃ無かった!」とか「此れは意外な発見だ!」などと万感交々の思いをしました。
あらすじは 先年86歳で亡くなった、元太平洋戦争の沖縄上陸作戦に参加させられた、米軍海兵隊員を父に持つ男性のドキュメンタリーです。
その父親が 戦後の六十余年間 <後悔と自責の念>に苦しみ続けて亡くなったのは何故だろう?と言う疑問に対する答えを探して沖縄を訪ねるのです。
その父が 沖縄の戦場から持ち帰って永年大切に保管して居た、日本兵の遺品をもとに父親を苦しめたものを探して行くのです。<父が 夜中に突然大声を出して喚いたり、泣き叫んだり>するのは<何か深い訳があるに違いない>然し<父は固く口を閉ざして絶対に話そうとはしない>。此れが彼をして沖縄に行く事の動機になりました。
先ず彼は アメリカに住む元海兵隊員で、父と同じ部隊に居た人で現存の人達を一人一人丹念に訪ねて、当時の模様を訪ねますが、殆どの人が面会を拒否され、辛抱強く説得してやっと何人かに面会が叶うのです。其の人達の話に共通する事は、<英雄的な自慢話>では無く、<余りにも悲惨で、話したくない>と言う事でした。「やむを得ず女子供まで殺した」「真っ暗な闇夜に突然子供が襲って来た」「恐怖の余り機関銃を滅多矢鱈と打ち捲った」と言った酸鼻を極める話ばかりでした。
彼は もしかして父は沖縄で、女子供を虐殺して、その自責の念に責め苛まれて居たのか?と考え遺品を持って沖縄に行きました。
其処では更に衝撃的な事実に直面します。「沖縄では民間人でも 捕虜となって恥辱を受けるなら死ね」と骨の髄まで叩き込まれて居て、各自に自決用の手榴弾を渡されて居た事。十四歳の少年まで兵隊に召集されて其の殆どが戦死して居た事。読谷村の丘に横穴を掘って日本軍の基地にして、最初は民間人の女子供も一緒に隠れて居ましたが、食料が無くなると、日本兵は民間人を穴から追い出したのです。アメリカ軍にビッシリ包囲された中へ、手榴弾を一個づつ持たされて。其処で元海兵隊員が<話したくない>事柄が起きたのでしょう。其処には累々と女子供の屍が横たわって居たのでしょう。
彼は 父が夜な夜な魘された訳を納得がいったのです。アメリカ人があの戦争で、<自責の念に苛まれる>なんて事は全く無い、と 私は今迄思って居ました。然し こんな人達が居たのです。其れも六十有余年経ったこんにちまで。昨夜は新しい発見をしました。
2011年6月19日日曜日
延命治療
<延命治療>と言っても いま話題喧しい菅総理の事では有りません。我が娘の嫁ぎ先の舅の事です。舅は今年の初めから患いまして、胃・食道に癌が有ります。そして脳梗塞を併発して最早助かる見込みは有りません。体中にチューブをぶら下げられて、所謂<延命治療>をして居ります。意識は殆ど無く、よびかけても反応は無く只昏々と寝たきりの状態です。
<延命治療>を続けると此れから未だ1年~2年も生きると言う話も有りますし、止めれば死亡して仕舞います。其処で 如何にすべきか?と言う難しい決断を迫られる事になりました。
当の本人は意識が有りませんから決められません。息子と娘が居まして、その二人はもう諦めたので<延命治療>は止めたらいいと言う意見です。理由は治療費と精神的負担が容易ではないからです。然し 姑にとっては永年連れ添った夫ですから、<延命治療>を簡単に諦める事は出来ません。其れは情に於いて誠に忍びない事です。
人の生き死にを決めるのは神の領域です。誰にも其れは出来ません。だから 我が娘も嫁の立場から此れからも悩まされるだろうと思うと可哀想でなりません。
2011年6月18日土曜日
再放送
<電気の無駄遣い>の最たるものはテレビです。番組制作に費やされる電気は莫大なものです。そして出来上がった作品たるやお粗末極まりないクズばかり。
昼間の放送は<再放送>のオンパレードです。民放では、コマーシャルを流す為に、仕方なく再放送で誤魔化して放送の空白をう埋めています。NHKでは、「皆様のご希望に応えて・・・」等と勝手な口実を設けて安直な再放送をしています。受信料をチャンと取っておきながら二番煎じの放送を流すとは、<此れは詐欺に等しい行為>です。その分受信料を返還すべきです。そして 放送時間の穴が埋められないなら、放送を止めればいいのです。誰も見て居ませんし、誰も困りません。特に深夜放送なんか全面的に止めればいいのです。その分受信料を割り引きすれは、其の方が社会の為になります。
所詮は仕事の手抜きです。此の様に 制作能力の貧困は、製作スタッフのみならず、経営トップの姿勢がマザマザと見えます。
テレビがメディアの花形と言われた時期は既に過ぎました。其の要因は此のテレビ業界の甚だしい自惚れ、怠慢で、他の業界が絶えず進歩改革の努力をして居るのに、漫然と過去の栄華の惰眠を貪っています。パソコン・携帯が目覚ましく進歩して行くのに、此の侭ではテレビは社会の片隅に追いやられるでしょう。其の時 やっと気が付いて慌てても遅いのです。
2011年6月17日金曜日
愈々地デジ
愈々 テレビのアナログ放送があと一カ月程で停止になります。我が家のご近所さんも、今までアナログ放送で頑張って来ましたが、とうとう諦めて地上デジタル放送に切り替えた模様です。
然し 此のテレビを地デジに切り替えると言う制度はいったい何の為にやるのか未だに納得がいきません。誰が決めたのか?何故この時期にやるのか?我々一般市民には全く納得出来る説明が有りません。<現行のアナログ電波帯が満杯なのでテレビの電波帯をデジタルに移行する>と言う説明だけで、じゃぁ何故テレビを移行するのか?他の電波帯を移行する事は出来ないのか?此れに就いての説明は未だに何もありません。国会でも誰も異議を唱えませんし、何か変じゃありませんか! 喜んだのは家電メーカーと、量販店だけです。何だか 誰かにどこかで密かに操られて居る様な気がしてなりません。
2011年6月16日木曜日
悪魔の火
世界の各地で起きて居る「脱原発デモ」はまさに自然発生的な動きで、此れは如何に原発が恐ろしい「悪魔の火」であるかを認識した民衆の叫びです。此の叫びを自民党の石原幹事長は「集団ヒステリー」と片づけて居ます。
何と言う無智な言葉遣いでしょう。彼は 只 親父が都知事で、その七光りで代議士になれたに過ぎない、一介の甘ったれオッサンじゃありませんか!世の為国の為に何かを為した実績も無く、落ち目の自民党の幹事長にされただけの野郎が、生意気言うんじゃない!
今 世界中で起きて居る「脱原発デモ」は「集団ヒステリー」などと言う様な軽い意味合いのものでは有りません。「人類の子孫が末永く平和に生きながらえる為には、どうしても必要不可欠なもの」だからです。
人類は 心ならずも「原子力」と言う「自分で完全に制御出来ない悪魔の火」を手に入れて仕舞いました。
神は 人類に此の「悪魔の火」与え給うた時、此れで人類が自ら滅びるか?それとも此れを見事に制御して「人類の真の発展」に役立て得るか?を試して居られるのです。然し 残念ながら現状は、愚かな人類が起こした間違いに四苦八苦の状態であります。
神は 遥かな天上から「未だ原子力を与えるには早すぎたか!」と後悔して居られるでしょう。
2011年6月15日水曜日
応仁の乱
今日の朝日新聞「記者有論」に政治グループ君島 浩次長の意見が「瞑想政局 明治維新?応仁の乱?」と言う見出しで載って居ます。以下その要旨です。
『民主党が政権を取った時に、菅総理は明治維新の時活躍した高杉晋作に肖り、<奇兵隊内閣>と言いました。今度ポスト菅の有力候補の野田佳彦氏は、坂本龍馬に肖り<にっぽん丸洗い>をキャッチフレーズにして居ます。所詮は安易なパクリです。
確かに 現在の日本が、明治維新、第二次大戦に続く変革期と言われて久しい。然し 正確に日本史に例えるならば、迷走する今の政局は、戦国時代の争乱の幕を開けた{応仁の乱}(1467~1577)の方に余程近いのではないか?と案じて仕舞う。
明治維新では <四民平等><廃藩置県><文明開化><殖産興業>を成し遂げた。然し 政権交替で民主党が掲げた「税金の無駄遣いを無くし、天下りの根絶、子育て、年金・医療・介護の心配は無くす」と言う社会の実現は幻想に終って居る。
だから 此の政権交代劇は、むしろ 鎌倉幕府から室町幕府に移行しただけで、指導層が北条氏から足利氏に代わっただけで、政治はかえって不安定になった。』
と 言われる通り 今は室町時代かもし知れません。これ程政府・政治家が無力で、その癖<私利私欲>剥き出しのガリガリ亡者ばかりの状態にして仕舞った責任は我々国民に有るのですが、まるで 芥川龍之介の「羅生門」の世界です。私達は あのおぞましい時代の様な辛酸を此れから嘗めさせられるのでしょうか?
2011年6月14日火曜日
源氏物語 浮舟
今日の静岡大学の岡崎先生の講義は、「源氏物語」五十一帖の「浮舟」の巻に出て来る<宇治の川音>に就いてでした。
登場人物は、浮舟、薫、匂宮、大君、中の君、その母、弁の尼など。光源氏が亡くなった後 その一族の物語で、相変らず男女の情愛の縺れや、不義密通、三角関係とか、平安貴族の男女の生々しい物語です。当時も今も身分の貴賎を問わず人間の本能は変わりませんが、当時の貴族階級の人々は、暇を持て余し、ほかにする事も無かったから男女とも、体脂を煮詰める様な生臭い日常を過ごして居たのではないか?と想像されます。
紫式部も その様な周囲のあり様を物語にして、ある種 痛烈な批判文学を書いてやろうと思い立ち、此の長大な作品を執筆したのではないか?と 思うのであります。
2011年6月13日月曜日
2011年6月12日日曜日
首都バックアップ
東京に政治・経済など、あらゆる機能の中枢が集中して、極端な偏在形状になって居る事は、誰しも認識して居る所です。極端な事を言えば、日本を潰すには<東京に核爆弾を1発落せば済む>状態ですし、或いは 3/11クラスの大地震が東京の直下で起きれば日本全土が再起不能になるでしょう。そこで 其れに備えて第二の首都を用意しよう、と言う構想が有ります。丁度パソコンで大切なデータのバックアップをする考え方です。
民主党の石井一議員が石原東京都知事に此の話を持ちかけ、話し合って居る様子が以下の通りです。今迄 首都機能の移転に、断固反対だった石原知事が、東北大震災で考えが変わって、随分乗り気になって来たのが興味深いです。
『「このクラスの地震が東京を直撃したら、さらに恐ろしい事態になります。私たちは東京がそうした危機に見舞われた場合に、バックアップできる副首都を作ろうとしているんです」
熱弁をふるっていたのは超党派の「危機管理都市(NEMIC)推進議員連盟」会長で、神戸市出身の石井一民主党副代表だ。石井氏の話に知事も身を乗り出した。
「東京一極集中の問題点は私も充分理解しています。支持しますよ」
2人の話は、次第に現実味を帯びていった。
石井氏「大阪の伊丹空港跡地に危機管理都市を作ろうというところまできとるんです。大阪府の橋下徹知事も大賛成なんです」
石原知事「橋下知事と一度、会って話をしてみたいですな」
石井氏「さっそくセッティングしましょう」』と こう言うわけです。或いは実現するかも知れません。でも こんな話はそもそも菅総理が発案するのが総理の仕事だと思うのですが・・・あの人の発想力・創造力では無理でしょう。
2011年6月11日土曜日
イチロー
大リーグ マリナーズのイチローの調子が出ません。此の処 三試合ノーヒットと、珍しく不調です。大リーグでは、三試合くらいノーヒットの選手はザラに居ますが、イチローだから話題になり、ニュースになるのです。
彼のバッティングに懸ける執念は半端じゃ有りません。だからこそ九年連続200本安打と言う前人未到の大記録を打ち立てる事が出来たのです。
彼の自宅には 下手なスポーツジム顔負けのトレーニング機器が有り、其れで常に鍛錬して居ます。そしてバッティングの後では、結果を精密に分析して、<いい当り>でも<悪い当たり>でも、其の原因を必ずキチンと整理して、彼の頭のコンピュータに納められて居ます。
食べ物でも、必ず奥さんが作るカレーライスで、栄養バランスを採って居ます。もっと驚くのは、目覚まし時計です。彼は必ず三個の目覚まし時計をセットします。一個が故障しても、二個目が故障しても、三個目が有れば大丈夫と言う訳です。
こんな凄い日本人を見た事が有りますか?
オリックスの宮内オーナーが嘆いてました。イチローがオリックスに在籍した時、六年連続で首位打者になりました。然し オリックスの観客動員数は全然増えませんでした。「だから 日本のプロ野球フアンは、ジャイアンツしか興味が無いんだ。パリーグは幾ら頑張っても駄目なんだ」と。
然し 宮内オーナーは間違って居ます。選手は確かに頑張ってます。でも オーナー始めフロント・スタッフは何をして居ますか? 観客動員数を増やす努力をしましたか?何事も思い通りに行かないと直ぐに周囲の所為にする、今の会社の駄目経営者の典型です。
イチローは 大丈夫!きっと良くなります。こんなに努力をして居るのですから・・・
2011年6月10日金曜日
節電要請
関西電力の 八木 誠社長が、今年の夏の電力需要に対応出来ない場合がある、として 15%の節電要請をしました。
結局 福井県に集中して有る11基の原子力発電所の、安全性を問題視した地元の声に押された形で、現在定期点検停止中の6基の発電所の再稼働が難しくなったからです。
此れに対して大阪府の橋下徹知事は10日、「関西広域連合として節電対策を打ち出すために、関電側に早い段階から電力需要のデータ開示などを求めてきたのに、一切の答えがなかった。この期に及んで15%の節電と言われても、まったく納得できない。僕は協力するつもりはない」と、怒りをぶちまけています。
此処でも東京電力と同じ様に、全てのデータを明らかにして、住民が納得出来る様にしないで<協力要請>を一方的にする と言う<上から目線>の姿勢です。
電力会社は<官僚よりも尚官僚的>態度で、「下々は従らしむべし。知らしむべからず」で つまり<民衆には いちいち説明して納得させる必要は無い。強引にしたがわせるのだ。>と言う江戸時代の強権政治のやり方です。
電力会社で、永年働いて居ると、こうまで民衆からかけ離れた考えになって仕舞うのでしょうか。
2011年6月9日木曜日
浅ましき連中
民主党は菅首相の後継者に、野田佳彦財務大臣を軸に検討しているそうです。その理由は二つ
1.野党の自民党からの反発が少なそう。
2.民主党内部の<小沢派>からも反発がなさそう。
何たる事ですか!!政権与党たるものが、一国の総理大臣を決めるのに、野党の反発だとか、自党内の造反グループの反発を気にしてオドオド・キョトキョトして因循姑息な体たらくで国家の政(まつりごと)の責任が果せますか! まるで大昔、お嫁に来たての娘さん見たいに、舅・姑に嫌われない様に、小姑達にも好かれる様にと、<嫁いびり>に恐れおののく人の様です。
此れは 民主党を始めとする政治家の皆さんに共通して言える事ですが、<人間として真ん中に一本太い芯が入って居ない>からです。日頃から 何時も国の将来や現状の問題点を<脳味噌から血が出る程>考えに考え抜いて居れば、立派な太い芯棒が出来上がるのです。
ところが 彼等政治家センセ達が形成している党・派は、政治哲学とか、イデオロギーと言った立派なものじゃ無く、ただ金とか地位とか言った実利的なもので、その為にはヒョロヒョロと誰にでもくっ付くと言う軽蔑すべきものです。彼等の頭の中は 唯一<保身>の事だけで全ての事柄が動機づけられているのです。いま仮に<解散・総選挙>となれば「大震災」も「原発問題」もみんなオッポリ投げて選挙運動へ帰って行き、国会を空っぽにするでしょう。浅ましき連中です。
2011年6月8日水曜日
汚染土壌
今 国会では「退陣!」「退陣!」の大合唱です。菅総理に対する退陣要求ですが、呆れた事に野党側からの退陣要求のみならず、与党の民主党内部からも退陣要求も出て居ます。
小沢一郎とか言う民主党元代表を中心とする一派が「辞めろ!辞めろ!」と騒いで居ますが、では菅さんが辞めた後、一体誰がどうするのか?と言うビジョンが全く無くて騒動を楽しんで居るのです。そして今、大震災を始め、国の内外で問題山積の時、与野党ともに一致団結して事に当たらなければならないのに、何のかのとイチャモン付けて事の進展を妨げているのは、党利党略を露骨に出して居る政治家達の余りにも低レベルの仕業です。
此の有様に 外国のメディアからも笑われています。「日本の政治家達は、総理が好きか・嫌いかを争って居て、政治と言う仕事をして居ない」と まるで日本の政治家達の姿を、小学校の児童会見たいに言われてます。アメリカのシーラ・スミスと言う日本研究家は「激しい嫌悪感を感じる!」と激しく非難して居ます。
いったいどうしてこんなに情けない政治家達が出現したのでしょう? 多分 二世議員の誕生以来政治の重みを認識出来ない人達が、安易に担ぎあげられて総理になったりした事も要因でしょう。
安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫と親の七光りだけで議員になり、総理になった何の実力も無いお坊ちゃま達です。此れでは国難に向かって行くなんて事は出来る訳が有りません。
安倍、福田なんて任期の最中に嫌になって総理の椅子を投げ出して居ます。それでも懲りずに議員を辞めないで、時々テレビに顔を出します。「フザケルナ!!馬鹿者!!」と言うべき輩です。
こんな奴らが幅を聞かせて跋扈して居るのが、今の国会ですからいい人材が出て来ません。一度全部ひっくり返して大掃除をしなければ駄目でしょう。まるで<汚染土壌>ですから・・・
2011年6月7日火曜日
古代物語概論
「古代物語概論」今日の静大岡崎先生の講義は、「萬葉集」「古今集」を終って、「物語」の話になりました。
「物語」には 「源氏物語」以前から「源氏物語」、そして「源氏物語」以後があります。今日はその「源氏物語」以前から「源氏物語」までを講義して頂きました。
先ず「竹取物語」そして「うつほ物語」と「落窪物語」が有りまして、「源氏物語」と進んで行く訳です。
これ等の物語は 全て<語り手>が居て、其れが物語を読者に語って聞かせると言う形式を採って居ます。その為にこれ等の語り手の<語り始め>には共通するものが有り、「源氏物語」以外は
「今は昔 何処其処に何某 と言う人物ありけり」と言う形で、主役の登場人物の親が紹介され、次に 其処に生まれた子供(竹取物語は竹の中から生まれる)が物語の主役で、様々な物語が展開される訳です。
ところが「源氏物語」は、「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらいける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまうありけり。・・・」と有名な<語り始め>で書き出されています。作者の紫式部は「いづれの御時にか・・・」とわざと恍けて居ますが、実はどの帝の時代か知って居たのだろうと思われます。ただ あからさまに書けば何かと差しさわりが有ったので、暈した表現をしたのか、或いは紫式部は時の絶対権力者藤原道長の庇護のもとに在りましたので、其の意向が反映されたのかも知れません。千年以上も前の話ですが興味深いですね。
2011年6月6日月曜日
小さな命
大震災の時 被害を受けたのは人間だけでは有りません。飼われて居たペットも大変な被害を蒙った訳です。そんな中 偶然にも発見されて命を助かった小さな生き物の話題は、心が温まります。
福島県で児童に飼われて居た金魚やメダカやドジョウが餌も無く、水も濁った中、酸素供給ポンプも停電で危険な状態の中、自衛隊員に発見されて助かったと言う、嬉しい話題です。
『東日本大震災で無人になっている福島県浪江町立 請戸 ( うけど ) 小学校で、児童が飼っていた金魚やメダカが生きているのを陸上自衛隊第44普通科連隊(福島市)が見つけ、隊員が駐屯地で飼育を続けている。
周辺地区は津波で壊滅し、同小も1階が波にのまれた。隊員は5月29日、小学校近くで行方不明者の捜索をしていたところ、2階の廊下で水槽を見つけた。震災から79日。停電で空気を送るポンプは停止し、餌もない。水もひどく濁っていたが、金魚1匹とメダカ8匹、ドジョウ2匹は生きていた。
同小は東京電力福島第一原発の約6キロ北にあり、児童約80人はバラバラに避難生活を送っている。遠藤 也寸志 ( やすし ) 1等陸曹(45)は「子供たちが一緒に集まれる日まで元気に育てたい」と話す。』
小さな命達は 一生懸命に誰かの助けを待って居たのですね!よかったよかった!!
2011年6月4日土曜日
呵々大笑
2日に開かれた「三文喜劇」内閣不信任案否決騒ぎですが、面白い話を聞きました。我が悪友の意見ですが、此れがまた非常に深読みしたよ言うか、野次馬読みと言うか面白いので紹介します。
『不信任案を否決させるには、自民党の谷垣さん以下の幹部連中に形勢の見積もりを狂わせる手が有る。つまり 如何にも民主党が内部分裂していて、多数の造反者が出て、不信任案が可決される可能性が有る かの如きに思わせる。そうすると自民党は単純だから、民主党の造反者に何ら働きかける事無く、放置しておけば勝てる、と信じ込ませるのだ。其の段取りとしては、先ず 小沢・鳩山が菅に対して退陣を強く迫り、<恰も分裂して居る様に見せかける>・・・
然し此れは 菅・小沢・鳩山三者に依る偽装工作で、愈々採決するギリギリの土壇場で手のひらを返して、不信任案を否決する。そうすると谷垣センセは後で其れに気が付いて切歯扼腕悔しがるだろう わっはっはっは・・・』
と言う話です。成程 此れは面白い話じゃ有りませんか!まぁ此のシナリオは小沢さんが考えそうな話ですが、然し 事前に此の話が洩れては駄目で、どうも鳩山さんから洩れそうで危険です。もし本当に民主党にこの仕掛けを遣るだけの人材が居れば、もっと良い政治が出来そうですがねぇ~。
今朝の菅さんは 不信任案否決で<してやったり!>とばかりの呵々大笑です。
2011年6月3日金曜日
卑怯者!消えろ!
「菅内閣不信任決議案 否決」東日本大地震の被災者をほったらかしでの、国会議員達のお遊戯は終りました。ふたを開ければ何の事は無い<やらない方が良かった>と言う大差の否決です。「不信任案 賛成152 反対293」コールドゲームって所ですか!
谷垣禎一さん!大声挙げて大騒ぎして なんですか!此の様は!此れで自民党の支持率は又一段と下がるでしょう。と言っても、此れで民主党の支持率があがるものでもない所が日本の政治の困った所です。鳩山さんも無節操にコロリと意見を変えたりして・・・
それにしても 小沢一郎さんはどうしたのでしょう? 戦況不利と見たら<敵前逃亡>です。不信任案採決の時、本会議を<欠席>しました。此の男 これ程に肝っ玉が小さい奴とは呆れるばかりです。民主党の<小沢派>と言われた人達も、此の男の小ささ・臆病さを此れでハッキリ認識したでしょう。よく今迄デカイツラをして国会に出て来られたものです。岩手県の人達も、此れで彼の正体が分かったでしょう。「卑怯者!消えろ!」
2011年6月2日木曜日
末期癌
娘の嫁ぎ先の舅が重病になって居ます。胃と食道に癌があり、おまけに脳梗塞を患って居るので手術は出来ません。今年の一月頃から発病して、入院して居ましたが、四月末になり病院から「此れ以上治療をしても回復の見込みが無い」と言われまして退院して、今は介護施設に居ます。口からの食事の摂取が出来なくなりまして、胃の中にチューブを入れての食事と水分の補給をして居ます。
姑が付き添って介護をして居ましたが、疲労でダウンして仕舞い、今は娘が介護休暇を取って隔日の通いの介護をしている状態です。一人が病気になると、家族は斯くも大変な負担を掛けさせられるものか! とつくづく思います。
舅は75歳 若い頃から相当量の酒豪で、食事も肉類が中心で、野菜は一切食べない人だった様で、其れで癌や脳梗塞になったらしいのですが、其れでも好きなだけ酒を飲んで、好きなものを食べて此の歳まで生きて来たのだから、幸せだったでしょう。もう意識はありませんし、ただ昏々と眠っているて居るだけですが、この状態でも何時まで生き続けるのか? と 不遜な事ながら聞きますところでは、心臓が丈夫な人は1~2年も生き続ける人が居ると言いますから、人間の生命力って凄いものです。
本人は 意識が有る時には「あれが食べたい」「あそこに行きたい」と 自分が癌である事を承知して居まして尚生きる意欲は旺盛でした。
それだけに 葬式の準備も整い、お墓も手配が出来まして準備万端では有りますが、複雑な気持ちです。私は 死ぬ時はピンピンコテンと逝きたいものです。美味しいものを鱈腹食べて、綺麗なオネエチャン達にに囲まれてイッヒッヒッヒ~コテンとね・・・コラコラァーお前はもう!
2011年6月1日水曜日
萬葉集から古今集へ
「萬葉集から古今集へ」昨日の岡崎先生の講義は、愈々萬葉集から古今集へと時代が移ります。萬葉時代から凡そ150年を経て、平安時代に古今集の時代になると、決定的な変化が現れます。仮名文字が発明されて、文章の表現技法が飛躍的に発達します。萬葉時代は全部漢字で書き表わされて居ましたが、漢字は表意文字です。其の為に表現出来る事象に制限されて、此れは作者も読み手も誠に不便でした。
それ故にこそ仮名と言う文字が発明されたのですが、仮名は表音文字です。だから文章の表現技法が飛躍的に発達しました。そして和歌のみならず、源氏物語、枕草子と言った文学の分野も生まれて来ました。つまり 延喜五年(西暦905)に生まれたと言われる「古今集」は、仮名文字の発明と、文章の表現技法の発達を言う意味で画期的な歴史と言えるでしょう。
ところが 明治の文豪 正岡子規は、「古今集は下らない!」として、特に其の編纂の中心人物の紀貫之は誠に駄目な詩詠みである と 決めつけて居ます。それは 萬葉時代の詩には無かった<見立て><掛け言葉><縁語>と言う技巧に奔りすぎて、本来の詩の姿を失って居る、と言うのです。
確かに 現代でも、新しい言葉(IT語など)がドンドン遣われて来まして、従来の和歌とは違うニュアンスの詩が詠まれて居ます。本来の日本語の美しさを大切に思う人から見れば着いて行けない気持ちになるでしょう。
萬葉時代の人が、古今集を見てガッカリした様に、正岡子規が古今集にガッカリして、現代人は現代語や横文字の氾濫ににガッカリして・・・段々日本の美しい言葉が壊れて行く見たいです。