「妻の闘病記」 妻が入院して居る病院に物凄~クく可愛い看護師さん>が居ます。決して美人じゃありませんが、いつもニコニコして居て、なでしこジャパンの宮間あや選手の雰囲気を持った可愛い子ちゃんです。
まだ正看護師になって一年だそうで、何を頼まれても決して嫌な顔をせず、ナースステーションと病室をコマネズミの様に飛び回って居ます。矢張り 患者さん達からも大変愛されて居て、未来(はるか)ちゃん、未来ちゃんとお声が掛かりますと「ハイ!」と大きな声で返事をして、鼻の頭に汗をかきながら走って行きます。
彼女の其の姿と明るい笑顔を見て居ると、其れだけで元気が出て来て病気が治りそうな気持になります。
患者さんの下(しも)の世話から食事の世話まで大変な仕事です。其れでも嫌な顔ひとつせず、「食べたら 出て来るのは自然の摂理ですから・・・」と言いながら淡々と作業を進めて居ます。患者にして見ればさぞ恥ずかしい思いをしている事でしょうが、その様に笑顔で淡々とされるとホッとして、救われた気持ちになるのでしょう。
他にもベテランの看護師さんや、頗る美人の看護師さんも居ますが、もしも自分が患者になったら、美人の看護師さんには恥ずかしくて下(しも)の世話なぞして貰えません。ヤッパリ未来(はるか)ちゃんにお願いします。偉いですねぇ~未来ちゃん 尊敬します。
2012年3月7日水曜日
妻の闘病記 3
2012年3月6日火曜日
妻の闘病記 2
「妻の闘病記 2」病気との闘いは 結局の所本人の<生きたい!>と言う執念と言うかモチベーションの勝負だと思います。
いくら医学が発達しても、いい薬が出来ても、所詮は本人が<生きたい!>と望んで<生きる事>を努力しなければ全てが無駄になる、と 今回の妻の入院でつくづく思い知らされました。
其れが顕著に感じたのが、体の機能回復の為に行うリハビリをして居る人達を見て居て、其処で励んでいる姿を観察しながら痛感しました。
リハビリはしんどい、とか 痛みを伴うとか、決して楽なものでは無く辛いものです。然し 誰の為でもなく、自分の為だけの物です。だから 理屈もヘチマも無く、ただ黙々と歯を食い縛って続けるしかないのです。其の結果 徐々に機能の回復が見えて来た時に<生きたい!>と言う悲願が向こうの方に微かに見えて来るのです。
然し 聞く処に依れば 途中で「リハビリはもう嫌だ!」と言って投げ出す人が多いそうです。折角<もう少し頑張れば・・・>と 願って先生方も励ましますが、モチベーションを失って仕舞った人は万事窮すと言う事です。折角 神様から与えられた命なのに、勿体ないと思いますが<生きたい!>と言う執念を持ち続けられないのでしょう。
2012年3月5日月曜日
妻の闘病記
「妻の闘病記」 私の妻が脳梗塞で倒れてから早くも36日になりました。倒れた場所が誠に幸運にも、病院に向かう途中で、そして偶々病院の当直医の先生が脳外科の専門医で、直ぐ緊急手当をして直ぐ入院と言う、まさに奇跡的幸運とも言える初動処置が素晴らしかったので、今では医者も驚く程の回復をして居ます。
入院当初は ベッドに縛り着けられて、身動きも出来ず、薬の所為で幻覚をみて、有らぬ事を口走り、その様子を見て私は途方にくれました。「家に帰る!」と言ってベッドから降りようとしたり、「どうして自分が此の様な目に遭うのか!?!」と喚いたりして、医者も看護師も手を付けられず、私に落ち着くまで病院に泊まり込んで欲しいと要望されました。
仕方なく 私と娘と交代で六日間程止まり込みました。然し 付き添い様のベッドは狭く、寝返りも打てませんし、一時間おきに妻が何か言いますので、とても熟睡は出来ませんでした。
七日目にようやく落ち着きましたので、漸く我が家に帰り寝る事が出来ましたが、其の間は疲労困憊で大変でした。と言っても当の本人は其の事を全く覚えて居ないのです。
今年の冬はとくに寒くて、毎日病院迄通うのは誠に辛いものが有りましたが、妻はもっと辛い思いをして居るのですから愚痴は言えません。
二月の下旬からリハビリが始まりまして、みるみる体の機能が回復して来ました。此れはリハビリの先生が熱心で、非常に上手に指導して、患者のモチベーションを高めて下さったお陰です。本当に有り難く感謝して居ります。お陰さまで今では車椅子を卒業して、歩行器で歩く練習が出来る処まで来ました。
此の侭順調にいけば、三月十五日に脳のバイパス手術をして、三月末頃に退院出来る見通しになりました。以上が「妻の闘病記」の中間報告です。
2012年2月21日火曜日
脳梗塞
妻が脳梗塞で倒れました。今年1月27日の事です。私が別件で静岡市立病院の診察を受けに行く為に病院に向かう途中、静鉄新静岡駅(セノバ)で電車を降りたトタン妻がホームに倒れて仕舞いました。そこで急遽市立病院に行きまして、其の侭入院になりました。
そして三週間 つきっきりでの看病が続きまして、パソコンに向かう時間も取れずブログの更新も出来ませんでした。
幸いお医者さまも、看護師の皆さんも優しく、親切でして幸せな入院生活を送って居ります。そして病状も思いの他軽くて、リハビリも必死に取り組んで居ますので三月中には退院の目途が立つのではないか?と言う観測です。
暫くは ブログも途切れ途切れに成りがちですが、頑張りますので見守って下さい。
2012年1月30日月曜日
頑張れ!福士!
福士加代子さん 昨日の大阪国際女子マラソン 頑張りましたが残念でした!新聞の前評判などでは圧倒的に強く、優勝候補ナンバーワンなんて言われてましたが、マラソンは何が起こるか分かりません。26キロ過ぎから徐々に遅れて遂に9位でのゴールでした。
トップの天満屋 重友選手に遅れて行く時の福士さんの苦しそうで、悲しそうな表情がテレビの画面で映されまして、思わず「チョンマゲ 頑張れ!!」と叫んで仕舞いました。
青森県北津軽郡の寒い地方の出身で、人一倍我慢強い性格です。女子には珍しく県立五所川原工業高校の機械科出身と言う経歴が有りまして、同郷には 大相撲の高見盛が居ます。凡そマラソンには全く縁の無い人でした。
高校卒業後 ワコールに就職してから長距離走に頭角を現して、ご存知の通りの活躍をしました。そしてロンドンオリンピックに出場する為に、この大会に照準を合わせて努力をして来ましたが、誠に残念な結果になりました。
後は 一万m、五千mのトラック競技に目標を代えて頑張るそうです。今度は此方で応援しましょう!頑張って下さい!!
2012年1月28日土曜日
乃公出でずんば
自民党のみなさんが馬鹿みたいに気勢を挙げて居ます。然し 空しいですねぇ~ 此の人達に日本の政治を任せようと言う気にはなりません。
今迄の失政のツケが一千兆円になろうと言うのに、其の原因の殆どを自民党の皆さんが作ったのに、其れでも厚かましくも「我々に政権を返して呉れ!」なんてよく言うヮ!マッタク!!
先ず 其の責任の総括をして、今後の対策を国民の前に全部晒けて、謙虚に反省するのが順序でしょう。其れも無しに先ずは矢鱈と「解散だ!総選挙だ!」と 馬鹿の一つ覚えの様に叫んでも、国民は知って居ます。此の日本を<大借金まみれにして、アメリカの鼻息を窺ってビクビクして居る負け犬>にして仕舞ったのは、自民党なのだ!と言う事を。
だから 今解散総選挙をしたら 自民党は歴史的大敗北をするでしょう。 かと言って 国民は民主党が良くて応援した訳ではありません。あの選挙の時には、民主党以外に選択肢が無くて、仕方が無いから一票を入れたのです。
今度選挙をしたら 民主党も駄目、自民党も駄目で、何処に一票を入れていいのか困って仕舞います。
何方か「乃公出でずんば 蒼生を如何にせん」とばかりに名乗り出て来てくれませんか!!
2012年1月26日木曜日
真言律宗
昨日の静大 湯の上教授の講義は「真言律宗」の話でした。この宗派は奈良西大寺流律宗の総本山として、こんにちの静岡県藤枝市に、765年称徳天皇の勅願により建立された「奇岩寺」として此の地域に広まった宗派でしたが、度々の火災に依って衰退していました。
14世紀になり 叡尊と言う人が寺を再興するのに尽力し、其の弟子の忍性と言う人の代に大いに栄えこんにちに至ったとされています。
昨日の話で 特筆すべきは、この「忍性」と言う坊さんの偉い事です。忍性さんは 理解力がやや弱く、お師匠さんの叡尊さんに「私は頭が悪く、お師匠様のお話を何べん聞いても理解出来ません。私は もう 修行を辞めた方がいいのでしょうか?」と聞きました。するとお師匠さんの叡尊さんは「お前は確かに頭が悪い。しかし実行力が有る。修行を続けなさい」と言われました。
忍性さんは 困っている人達を助ける事を<無私>の心で全力投球しました。昔風の言い方で人別帳にも載せられない<餞民>の人達を救う活動をしたり、<ライ病患者>を救う為に自分の背中に背負って運んでやったりしたそうです。昔の、<ライ病>は傍に寄るだけで伝染し、一旦感染したら不治の病として恐れられて居まして、人里離れた山奥などに捨てられて死を待つと言われました。その様な人を、自分の背中に背負うなどと言う事をする勇気・度胸・慈悲深いこころを持った偉いお坊さんだったのです。
あぁ こんな偉い政治家が今の日本に居たらなぁ~・・・と慨嘆するものであります。

