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2007年4月30日月曜日

結婚式の困ったスピーチ

知人の息子さんが目出度く結婚されました。唯 その結婚式が大変だったと嘆いていました。
問題は 友人代表のスピーチです。以前ですと、新郎の友人がふざけ過ぎて御出席の皆様に不快な思いをさせた、と言うのをよく聞きましたが、今度の話は新婦の友人達のスピーチで、大変迷惑した と言うのです。
其の顛末を聞けば・・・結婚式場に結婚式の打ち合わせに二人で行きました。 其の時 新郎・新婦の両方の出席者と席順、それに友人代表のスピーチ者のリストを作ったのですが、驚いた事に新婦側の友人の数が異常に多かったのです。普通は友人代表のスピーチと言えば、みんな遠慮して無理にお願いしたりするものだと思っていましたら、今の女性達は「私にやらせて・・・」「私も・・・」と続々と立候補者が出て来て困るそうです。信じられません。!?!
打ち合わせの時、司会者の女性(プロです)から「新郎新婦さまの友人代表は、三人づつ位に絞られた方が宜しいかと思います」と言われたのですが、新婦さんは「みんな我も我もと張り切って居るのでこれ以上絞れません。」つまり 女の見栄と意地がかかって居ますから、今後の友好関係を考慮すると、とても誰かに「降りて下さい」と言えた状態ではなかったのです。
結局 実に8人の新婦の友人代表が喋ると言う前代未聞の事態となったそうです。それも 内容のあるスピーチなら兎も角、単に自分の言葉に酔い、感極まって泣きながら採り止めの無いお喋りを延々とやられるのです。それも8人も 一人3分と言う約束なんか全く無視で、合計一時間半もかかったそうです。大泣きで喋ったお嬢さんは自分の番が終わればケロリと自分の席に戻り、大口開けて呑むヮ喰うヮはしゃぐヮで、いったいあの涙は何だったのか?とため息が出たそうです。
つまりは 友人代表の彼女達は、「結婚式場で晴れ着を着て涙ながらにスピーチをする」と言う自分だけの為のパフォーマンスが目的だったんですね。新郎新婦も、両家の人達も。さぞや辛い思いをしたでしょうね。ご列席の皆様も。 まさか 彼女達の狙いが其処に有ったのでは無いでしょうが・・・??

2007年4月29日日曜日

五月晴れ

DSCN1731_edited-3-16-fuji.JPG久し振りに富士山が美しい姿を見せてくれました。未だ四月ですが 今日は五月晴れと言うに相応しい日でした。桜が春の扉をぱっと開け放ち、雨と風が草木に目覚めを促し、新緑の季節になりました。私が一年で一番好きな季節です。

2007年4月28日土曜日

夏も近付く八十八夜

新茶の出る季節になりました。私の一年中で一番好きな季節です。茶摘は今では機械化されて農家も楽になりました。 昔は手摘みと言って、一本一本指先で摘んでいましたから大変な作業でしたが、今ではこの様に通称バリカンと言う機械で見る見る内に刈り上げてしまいます。昔20日くらいかかったのが、たった一日で出来るそうです。
今年の一番茶(最初に採れるお茶)の作柄は好いし、価格も1kg当たり○万円になります。お茶は高価ですね!!。コーフィーに比べると大変な値段になります。ブルーマウンテンでも1kgで¥5,000ぐらいでしょう。どうしてお茶はそんなに高いのでしょうか?

2007年4月27日金曜日

特攻隊

此の頃 テレビ等で、神風特攻隊や、沖縄の集団自決の事が話題になってます。
今頃になって「あれは 自分から志願してものではなかった」と言ってます。何を今更 とつくずく思います。世のジャーナリスト達は、何故、どうしてもっと早くそう言わなかったのでしょう?。
丁度一年前 鹿児島の知覧町にある知覧特攻平和会館に行った時を思い出します。其の時撮った陶版画の写真です。六人の天女が紅蓮の炎に燃えるゼロ戦から特攻隊員の霊魂を天国へ引き上げて居る絵です。「鎮魂の心を込めて」と書いて有りましたが、彼等特攻隊員の霊魂は今尚天国に逝けずに霊界を彷徨って居るのではないでしょうか?この他の展示物を見ても、若干18歳くらいの特攻隊員の少年達が、最後に叫んだであろう「お母さーん」と言う声が聞こえてきそうで、涙なしでは見られませんでした。沖縄の人達も同じだとおもいます。
これ等の人々は、明らかに軍の強制的な命令で死地に無理矢理追い遣られたのです。つまり 絶対服従しなければならない雁字搦めの環境を作って特攻や集団自決を「志願しろ!!」と言われたのですから、これは強制的命令の何ものでもありません。
それでも尚「あれは軍が強制したものではない」と言い張る奴が居ます。それは 当時の陸軍大学や海軍大学出の高級将校の人間で、自分が下した命令の責任逃れを躍起になって詭弁を弄してるのです。こんな奴等にこそ「卑怯者!死ね!!」と言いたいのです

2007年4月26日木曜日

肥った!!



今年もカラーの白い花が咲きました。楚々として優しい姿です。こんな女性が居ないかなぁー!?!
今朝 体重計に乗ってビックリなんと体重61キロ 体脂肪率19.0%でした。ワァー大変だぁー!! ヤッパリあの23日に「もう駄目これ以上食べられません」と言うほど食べて、下を向いて歩けないから天井を見ながらお能のすり足でソロリソロリと部屋に帰った事がこの結果を齎したのです。トホホホホ・・・
折角体重が60キロを切って居たのに、体脂肪率も16.0%だったのに・・・後悔先に立たずです。また 明日からコツコツと努力しましょう。!

2007年4月25日水曜日

バイキング考?




ホテルサンバレーの庭園の夜景です。6月からは毎日蛍が飛び交い美しい眺めが見られるそうです。

バイキング食事のコツを覚えましたので、ご参考までに此処で紹介します。
とかく私如き戦後の食糧難時代に育った人間は、哀れな習性で「何でもみんな一杯食べなきゃ損だ。そして 残してはいけない」と言う感覚が哀しいばかりに身に染み付いて居ます。それが間違いのもとです。
それに 早く食べてもっと採って来ないと他人に「いいもの」を奪われ仕舞う様な気になって焦って食べるのも間違いです。これでは折角の美味しい食べ物を味わう事が出来ません。 では 上手に食べるそのコツを以下に述べます。
1.先ず 食べ物を採らずに一渡り全体を見渡します。
2.そして 自分の好きなもの、食べたいもののメボシを付けて置きます。(今回の私の場合 焼きタラバ蟹・牛フィレステーキ・ふかひれスープ等の高級品で、普段は余り食べられないもの)
3.それから そのメボシを付けたものだけを集中的に食べるのです。(ご飯ものは胃袋のスペースの邪魔になるから極力避けます)
4.それ程 魅力を感じない食べ物には一切目もくれず、ひたすらメボシをつけたものだけを集中攻撃します。
よく ご婦人方が 何でもかんでも採り皿に盛って、テーブルに置ききれず、困って居ますが、人間の胃袋には限界があります。全部食べきれずに捨て置かれる無作法には呆れてしまいますが、それでも超人的物凄い量を食べられる能力には恐怖を感じます。それで「此の頃 あまり食べられなくなったヮ!」だって・・・ よく言うよ以上 ご参考までに、そして太り過ぎにご用心を・・・!?!

2007年4月24日火曜日

リフレッシュ(^^♪




此処暫らくの所 私も妻も病気治療などで色々ありまして、この際「いっちょリフレッシュをすべぇ」と言う事で、妻と二人で昨日から伊豆長岡に行って来ました。

先ず 弘法の湯で岩盤浴をやりまして、体中の毒を「もう 煙も出ません!!」と言うほど出して、宿泊の宿ホテルサンバレー伊豆長岡へ倒れ込むようにして入りました。このホテルサンバレーのいい所はお風呂が広くて沢山の種類が有る事と、食事がバイキングで好きなものを好きなだけ食べられる事です。部屋食だと、仲居さんにペタッと貼り付かれて気を遣いながら食べるのはおっくうだし・・・兎に角 腹ペコのヒョロヒョロでチェックインしました。 然しバイキングは予約の順番制で、17.30-18.30の順番は満員だとフロントに言われましてガックリ!!で「腹ペコですぅ! お願い何とかしてぇ!」と文字通り哀願致しました。するとフロントの方は優しくご親切に「お部屋でお待ち下さい。もし17.30の分が空きが出来ましたらお電話しますので・・・」と言ってくれましたので、そのお言葉に一縷の望みを賭けて部屋でヒタスラ電話を待ちました。 すると・・・電話がかかって来ましたこの気持ちお察し下さい!。まさに天国からの電話に思えました。今回は前回(2年位前)よりウンと美味しく中身も充実していました。前回無かった「焼きタラバ蟹!」「牛フィレステーキ!」「フカヒレスープ!」等々それらが食べ放題!で然も本当に美味しいのでした。もう ほんとうに しあわせぇー!!!

そして部屋は2階なのにベランダと庭園付きで、其の眺めは写真の通り文句なしでありました。これで料金¥11,600(税込み)は安い大満足でした!!!

2007年4月22日日曜日

電気洗濯機

昨日 家電量販店に行って来ました。静岡市内には、日本有数の量販店A社とB社が隣り合わせにありまして、我々消費者には誠に好都合であります。
我が家の電気洗濯機が、かれこれ20年くらい使用しまして、ソロソロ買い替え時期かなと思って「品定め」に行ったのです。
夫婦二人分の洗濯です.最新式の完全に乾燥する物じゃなくてもいいから、丈夫なヤツと決めていきました。何しろ今使って居る東芝製は、20年間故障一つありませんでしたが、風呂水を吸い上げるポンプのインペラーが消耗して、吸い上げが出来なくなってしまったのです。
先ずA社で一通り見て、「店員さんのお勧め品は」と聞けば、「東芝ならこれ、また日立ならこれ」と推奨されましたが、決め手は「東芝は音が静かです。日立は厚手の毛布が洗えます。」で 厚手の毛布が洗えるのと日立独特の叩き洗いだから、音はうるさいけど生地を傷めませんと言うポイントでした。
さて 値段はと言えば表示価格¥68,000(勿論定価じゃありません)。「負けてぇー!」と言いましたら、ズバリ¥49,800にしましょう。との答えです。 「エェーッホント!?!」信じられません。あとはリサイクル料¥2,520と引き取り料が¥500と言う事でした。ヨシッ決めたっと思って思わず「買った!!」と声が出そうになりましたが、此処でグッと堪えたのであります。店員さんにその値段をカタログと名刺に書いて貰って、それを持ってB社へ行きました。(我ながら悪い奴じゃ)
B社へ行ってそれを見せましたら・・・店員さんは「相談して来ますので、少しお待ち下さい」と言って待つ事5分、「お待たせしました。今すぐ此処で決めて戴ければ¥48,000にします。また リサイクル料だけで、引き取り料は要りません。」⇒これで決定です。 結局 表示価格より¥20,000も安くなった訳です。じゃぁ表示価格って何でしょう!?

2007年4月21日土曜日

死に方・考!?




ご近所の 誓願禅寺のお不動様です。この前に立って何か自分が後ろめたい気持ちがあると「この不埒者手打ちに致すそこへなおれっ!」と言われそうです。
私達は 生まれる時と場所を選ぶ事は出来ませんが、死ぬ時と場所は有る程度選べると思います。(不慮の事故や、犯罪に巻き込まれない限り)
此の頃のテレビのメタボリックシンドロームとか、血液ドロドロと言った虚報?にビクビク怯えて美味しいものや、好きなものを食べずに我慢して、長生きして「何が楽しいんじゃ!」と腹立ち紛れに思うのです。残り少ない人生、好きなものを思いっきりタラフク食べて死んだ方が楽しいんだ。メタボもドロドロもかかって来い!とダチ公連(悪友達)と虚勢を張ってる今日この頃です。
シカーシ アッサリコロンと死ねればいいけど、散々入退院を繰り返し、手術で体中を切り刻まれ、大金を遣った挙句に寝たきりになって、下(しも)の始末も自分で出来なくて、家族に目いっぱい迷惑をかけて「もう いい加減に死んでくれ」と言われても死ねない姿を想像すると、ヤッパリ節制をするかなぁ・・・

2007年4月20日金曜日

我 敗れたり!!



寒いです。兎に角寒くて 散りそびれた桜が冷たい風に打ち震えています。 

「かぜ誘う 花よりもなお 我は又 春の名残を 如何にとやせん」浅野内匠守
賭けに負けました。この寒さです。灯油が尽きてジッと我慢してましたが、堪らずにスタンドに買いに行きました。エアコンはありますが、鉄瓶を掛けてシュンシュン言わせてお茶やコーヒーを頂くには石油ストーブじゃなくては駄目なんです。だから耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでポリタンクと、賭けに負けたペナルティーとしてケンタッキーの¥1,000セットを持って行きました。 悔しいーぃ!! だってこんなに寒くなるとは思わないから、スタンドの所長と「暖かくなるから もう灯油は買いに来ない」と賭けてしまったからです。 
所長め 「イッヒッヒッヒィー!」と笑いやがって もっと悔しいのは アルバイトの女の子が「ご馳走様 今度は 何を賭けますぅ?」だって言やぁがって・・・・チクショウーもう勝つつもりで居るんだ。

2007年4月19日木曜日

エッ!!銃が二億丁!?!








アメリカのバージニヤ工科大学で33人もの学生が射殺されました。犯人は韓国系の青年だったそうで、その動機が色々憶測されてます。
問題は 余りにも簡単に銃が入手出来ると言う事では無いでしょうか? 今回も 街の銃砲店で永住許可証を見せるだけで、銃一丁と弾丸50発を$571(6万8千円)で簡単に購入出来たというじゃありませんか!?!
銃は 誰が何と言ったって凶器です!!。 弾丸50発は50人を殺す事が出来る物です。それを街の銃砲店で易々と販売しているアメリカと言う国は何たる国でしょう。  推定では、アメリカ全土の民間に二億丁もの銃が有ると言います。まるで1920年代のギャングが暗躍した時代からチットも成長してません。「銃を持つ事に拠って、初めて平等になれる」というのがアメリカ国民の根本思想だそうですが、それは絶対に間違いです。「みんなが 銃を捨てて初めて平等になれる」と私は思います。
この夏 我が娘が教員研修で、アメリカのストックトン他へ行く事になってますが、心配です・・・

2007年4月18日水曜日

寒ぅーぃ!!




寒いですねぇ 今日も雨です。冷たい雨がシトシトと昨日から止めどなく降り続いて身も心も芯から寒いです。
クリーニングに出して収納していたセーターをまた引っ張り出して着ています。もう五月の声が聞こえて来る時節ですよ。例年なら今頃は初夏の香り、新緑の萌え上がりで一年中で一番過ごし易い季節なのに、いったいどうなってるのでしょう。
石油ストーブは綺麗に掃除して物置に仕舞っちゃったし、灯油は残してはいけないのでと、全部使い果たしたし・・・(去年は大量に残ってたので) それで 3月中旬にスタンドに灯油を買いに行った時、所長に「今年 灯油を買うのはこれで最後だね」と言ったら、所長は「イヤ 未だ分かりませんよ」と言ってました。 そこで私は「なぁに 大丈夫さ賭けてもいいよ」と言ってしまったのです。 だから今更灯油を買いに行く訳にはいかないのです。クヤシーィ 安倍クン!!君がシッカリしてないからだっ!!何とかしろっ!!

2007年4月17日火曜日

女の単身赴任!



可愛い女の子です。勿論お母さんの許可を得て撮りました。(この写真と記事の内容とは無関係です)

今朝 我が家の前を息を切らせて登って行かれるご婦人Mさんが居ました。60歳くらいの人ですが、我が家は山の中腹に有りますので、かなり長くきつい坂道なのです。 知り合いの方ですので声を掛けましたら、そこで立ち話になりました。
その話が信じられない内容なので紹介します。
ご主人は 県内有数の都市銀行を定年退職されて悠々自適の生活です。息子さんが二人、夫々名門大学を卒業、一流の都市銀行にお勤めのエリートです。その息子さん(次男)の話です。結婚して幼稚園に通う女の子が居ますが、奥さんは東京に単身赴任だそうです。それで家事と子育てはお婆ちゃんのお仕事になってるのです。だから毎日急で長い坂道を二往復して幼稚園まで孫の送り迎えをされて居て、今朝は送って行った帰りだったのです。 何故 奥さんが東京で単身赴任されて居るのかなんですが、それが驚いた事に自主的単身赴任だと言うのです。つまり 会社の命令に拠るものじゃなくて、自分から希望して単身赴任をしたのだそうです。夫や幼い子供が居るのに・・・
当然 Mさんも息子さんも「未だ幼い子供が居る事だから・・・」と必死に説得に努めたのですが、自分の言いたい事だけ一方的に喋って最後に「お願いしまぁーす!」と言って行ってしまったそうです。それきりお正月休みにも帰って来なかったし、電話をしても留守電で応答無し、可哀想なのは幼い子供です。「ママ ママ」と言って泣いているそうです このママさん何を考え、何をしているのでしょう!?!理解できません。!!!

2007年4月16日月曜日

眼鏡を新調しました。



新しい眼鏡が出来上がって来ました。今までテレビやパソコンの画面がボケてみえるし、本や新聞の文字が良く見えない、これは老眼の所為だと勝手に思い込んで、色々な老眼鏡を買って見ましたが駄目でした。
それで仕方なく眼鏡屋さんに行って検眼をして貰ったら、何と酷い乱視でした。だから近くも遠くもボケて見えたのです。パソコンなんか一時間もやると目や頭が痛くなってました。
それが この眼鏡をかけたトタン 近くも遠くもハッキリ見えます。勿論テレビもパソコンもそして 視界がウーンと広くなりました。 こんな事もっと早く気が付けばいいのに 本当にアタシャ間抜けでした!!

2007年4月15日日曜日

クロワッサン症候群




春霞に薄っすらと浮かぶ今朝の富士山です。

今日の朝日新聞のコラム「天声人語」に懐かしい言葉が載ってました。クロワッサン症候群です。約30年程以前に女性専用誌「クロワッサン」が女性よ自立せよと高唱して、当時の何も知らない若い女性達が前後の見境無くブームに乗せられちゃったものでした。「結婚からの開放」とか「離婚志願」なんて、今から思えば無責任な特集に踊らされて居る様子を、松原惇子さんが注意を喚起する気持ちを込めて書いた本の題名がクロワッサン症候群です。群集心理で、誰もが自立して 仕事も・結婚も・子育ても簡単に出来る、と錯覚してしまったのでした。然し それには抜群の能力と、覚悟が必要なのに、そんなもの何にも無いくせに、安易に考えてブームに踊っている女性達に松原惇子さんは20年も前に警鐘を鳴らしたのですが、熱に煽られている人々は気が付きませんでした。
その結果 結婚も出来ず、キャリヤウーマンにもなれず30~40代になってしまった人、結婚しても家庭との両立ができずに離婚して心の傷だけが残った人、又 シングルマザーにされて自分の老後が絶望的な状況になった人々と、あの時の熱病に罹ってしまった自分の浅はかさを嘆いても手遅れです。だから松原惇子さんは20年前に警鐘を鳴らしたのです。
格差社会は、様々な貧富の差を作りましたが、こう言う風にメディアに拠って作られた貧者をも救わなければ、と考えると税金が幾ら有っても足りません。!!

2007年4月14日土曜日

立派な奥様!?!

今日は 昨日と打って変わって、素晴らしいと言うか立派と言うか物凄いスーパー奥様を紹介します。
我が家の直ぐ近く、斜め向かいにお住まいの50代の人で、ご主人と一人息子の三人暮らしです。

素晴らしいその1 習い事 ☆ピアノ ☆ヴァイオリン ☆フルート ☆漢詩 ☆体操教室 ☆コーラス 一週間は7日ですから日曜日以外は毎日全部習い事で空いた日はありません。その内ピアノとヴァイオリンは週二日ですから、ダブってる日が毎週二日もあります。その体力・精神力は凄いけど、驚くのはその経済力です。楽器の稽古に要するお金は半端じゃないでしょう。ピアノやヴァイオリンの先生に差し上げる「お月謝」は高いですよ。すごいですねぇ!!

素晴らしいその2 一人息子が 去年の春大学に進学しました。そして一人暮らしをしてますが、この奥さんは学費・アパートの家賃・生活費と言った基本的費用だけは面倒見ますが、あとは一切ノータッチです。息子さんは自炊してまして大変でしょうが、驚くのは たまに帰省したとき普通のお母さんならたまに帰って来たのだから、おいしいものを沢山作って食べさせてやろうと思うじゃないですか ところがこのお母さんは、「食事は自分で作れ」です。お母さん・お父さんの分まで一緒に・・・ 息子さん 何の為に帰って来るのでしょう!?!

2007年4月13日金曜日

嫁と姑の言い分

ご近所のお嫁さんとお姑さんのお話です。ご多分に漏れず お互いの非を声高に世間に喧伝して居りますが、その両者の言い分が180度の違いがあって失礼ながら興味深いものがあります。でも ヤッパリ姑さんの方が正しいのかなと思います。では 以下にその双方の言い分を・・・

 「姑は 何かと口うるさくて、私のする事にいちいち文句を言う。私の事を ノロマだとか、怠け者だとか、食べ過ぎ、もっと体を動かせ!などとする事為す事が気に入らない。私が憎くて仕方がないのだ。そして旦那までが同じ事を言って私をいじめるんです。」

 「嫁は 兎に角大喰らいの怠け者で、体を動かすのが大嫌い、私が何か言うと嫌々ヨッコラショと動き出す。私が老人クラブに行って留守をしてると、掃除も洗濯もしないでトドみたいな大イビキをかいて寝ている。(確かに体系はトドそのものです)その周りにはスナック菓子の袋が散乱している有様だ。洗濯した干し物を雨が降っているのに全然気が付かないでゴーゴー寝てた事が何度もある。肥り過ぎて居るから 少し体を動かした方がいい とか 食べるのを控えたらと言うと物凄い剣幕で怒鳴るので、もう何も言えません。 息子が意見をすると『アンタまでがお義母さんとグルになって私を苛めるっ』と言って荒れまくります。挙句には 近くにある実家に行って言いたい放題喋るので、又実家の両親が怒鳴り込んで来るのです。

近所の奥さんの話では「あの嫁さん 料理をすれば食器は壊すし、鍋は焼け焦げさせるはでドジばっかり。それにしょっ中 口に何かを入れてモグモグやってるからねぇ。お姑さんも大変でしょう」
どうも これは お嫁さん(40代 体重80キロ超)の方がまずい様です。でも 本人はそれに全然気が付いてないから困ります。お姑さん 可哀想!

2007年4月12日木曜日

孫の力泳!?!




孫1(小三)が先日の日曜日 スイミングスクールの競泳大会に出場しました。私は都合で見に行けませんでしたが、娘婿が撮ったその時の写真です。

力強い泳ぎっぷりでしょうもっとも一レース五人出場中第五位だったけど・・・、最後まで頑張って完泳したそうです。ビリでも諦めず粘っり続ける事は大切だと言う尊い経験をした事でしょう。エライッ!!

2007年4月11日水曜日

駄目な弟




源平枝垂れ(げんぺいしだれ)です。桃の一種で一本の木で紅白の二色の花が咲きます。源氏の白旗・平家の赤旗、その両方の色の花が仲良く咲いているのです。
私の姉は京都に嫁いでいます。熱烈な恋愛結婚で、親の猛烈な反対を押し切って駆け落ち同然で行きました。その後の姉の苦労たるや言語に絶するもので、最たるものは京都の排他的土地柄でした。独特の京都弁や、千二百年の歴史からなる慣習、等等 よそ者をばかにして、容易に受け入れまいと言う姿無き大敵との戦いは、それはそれは大変だったと思います。 それに加えて経済的な苦労でした。姉の旦那さんは人柄は素晴らしいのですが経済力の無い人で、常にお金に悩まされる日々でした。それでも姉は自分の親兄弟に全く頼る事無く、独学で覚えた洋裁で一所懸命働き、今では何人もの人を雇ってブティックを経営するまでになりました。よくこの排他的な環境の中で此処まで頑張ったと、感心と尊敬の念を禁じ得ません。心から「凄いなぁー」と感服しています。
その姉に 妻が電話で愚痴っぽい事をポロツと言ってしまいました。私は妻を叱ったのですが、姉は心配してお小遣いを送ってくれました。「これで 何か美味しいものでも食べなさい」と言う優しい手紙をつけて・・・
もうビックリするやら嬉しいやら 持つべきものは姉です。有り難く頂きましたものの、又 迷惑をかけてしまったと言う忸怩たる思いです。今頃 姉は「いつまでたっても駄目な弟やなぁ! しっかりせんと あかんぇ しっかり気張りよし!!」と思って居るでしょう。  姉さん御免なさい!! そしてありがとう !!!

2007年4月10日火曜日

こうもりのイナバウアー?




蝙蝠のバロン君です。普段は直立不動?でお行儀良く垂直にぶら下って居ますが、今朝はこんな形をしています。FMラジオをつけたらヴァイオリンの美しい曲をやってました。その心地良い調べに乗ってこんな格好になっちゃいました。きっとイナバウアーをやってるのでしょう。曲が終わったら又元の姿勢に戻りましたが・・・
このバロン君 余程我が家が気に入ったのか、今では単なるペットではなくて、色々な幸運を齎してくれます。抽選で思いがけないものが当たったり、贈り物が届いたり、旧友が何十年ぶりかで来てくれたりと、嬉しい事が沢山ありました。きっとバロン君が幸運を呼び寄せてくれたに違いありません。
「蝙蝠は福を呼ぶ」って本当です。!!

2007年4月9日月曜日

食文化?




新茶のシーズンです。茶畑一面に萌黄色の新芽が顔を出して来ました。毎年の事ですが、私はこの季節が一年中で一番好きです。
昨日 静岡でかなり有名なお蕎麦屋さんにお昼を食べに行きました。一時半ごろでしたが、日曜日と言うこともあって大混雑で、店の外まで行列が出来てました。でも 丁度客の回転が速くなるタイミングでしたので、30分くらいで着席出来ましたが、他のお客さんと合席でした。
その時 思い出しましたが、以前 アメリカのご婦人と話をした時、面白い事を指摘された事です。(勿論 ご婦人は日本滞在が永く、日本語が達者な方なので、日本語で会話しました)
「日本の大衆食堂では、狭いテーブルを囲んで見ず知らずの者同士が一緒に食事をしている。まるでオデコがぶつかりそうな近距離なのに、平気でパクパク食べてる姿を始めて見た時は信じられなかった。」
アメリカでは 知らない者同士が一緒の食卓で食事をするなんて考えられないと言うのです。
文化の違いと言いますか、アメリカの様に 人種・言語・宗教・文化の違う人々が鬩ぎ合い、争い合ってピストルで身を守って精一杯生きてる国に比べて、日本人の寛容の文化と言うか、単一民族で永い事仲良く暮らしてきた好き習慣でしょう。有り難い事です。

2007年4月8日日曜日

花祭り




今日はお釈迦様の誕生日。そしてイエス様の復活祭。それで我が家の氏神様であります、静岡浅間神社へお参りに行って来ました。(何の繋がりもありません)
良い天気に恵まれまして、桜は満開で、おみくじを引いたら大吉でした。今日は本当に好い一日で御座いました。!!

2007年4月7日土曜日

復活祭




今年の桜の見納めかな と思えるので撮っておきました。今日の午後は雨と言う天気予報ですから・・・
明日はイエス様の復活祭です。偶然お釈迦様の誕生日でもあります。お釈迦様の方が500年程先輩ですが、大きな共通点があります。それは 二人とも「私の偶像を作って祀ってはいけない」と遺言したにも拘わらず、後世の人達が勝手に作っちゃって祀られてしまいました。勿論それで人々の心が救われるならば良いのですが、悲しい哉 今尚血生臭い争いの種になっています。ご存知の通りパレスティナ・イラク・アフガニスタンではイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の三つ巴で血で血を洗う状態がいつ終わるか分かりません。然し この三者とも根っ子は同じなのです。それなのに二千年の長きに亘って憎しみ合い、殺し合い、その原因は唯一宗教です。それが怨みの連鎖を永い事繰り返して来て、引くに引けない破目になったのでしょう。同じ宗教でもイラクではスンニ派とシーア派で派が違うだけで殺し合いをしてます。
宗教は 所詮 人間が作ったものです。それも人々を幸せにするために・・・それなのにこの有様では遥か昔の教祖様はさぞやお嘆きでしょう。!

2007年4月6日金曜日

孫2の入学式




今日は二番目の孫が入学式でした。お兄ちゃんが今度四年生ですが、そのお兄ちゃんから常々「小学校は楽しいよ!」と聞かされて居ましたから、もう早く行きたくて堪りませんでした。だから嬉しくて見て欲しくて、我が家に学校から直行で来ました。そしてランドセルを開けて中身を説明したり、非常ベルを鳴らして見せたり、またランドセルを背負って家中を歩き回り、静かになったなぁと思ったら、遂にくたびれ果てて私の寝室に行って寝てしまいました。全く天真爛漫な一年坊主です。

2007年4月5日木曜日




昨日 孫二人を連れて動物園に行って来ました。中に小動物をダッコさせてくれるコーナーがありまして、ひよこ・うさぎ・モルモットなどが居て、子供達は大喜びでした。 でも 疲れましたぁ!!
何しろ彼等はエンジン全開です。「おじいちゃん こっちこっち 早くぅ」と一日中引っ張り回されてもうグロッキーです。同行した妻なんか 家に帰り着いたトタン、ゴロンと横になったまま動けませんでした。
そして 私と妻はその時、固く誓ったのであります。以後 絶対に孫達と一緒に出かけるのはもう止めようと!!
しかし 暫らくして孫から「おじいちゃん、おばあちゃん こんにちは 元気 何処かに連れてってぇ」なんて電話がかかって来たら 直ぐデレリとなってこの固い決心も木っ端微塵に吹き飛んじゃうでしょうが・・・!?!