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2007年12月31日月曜日

大晦日



今年もとうとう大晦日になりました。酷い大晦日です。 刺すように冷たい風が吹きまくり、富士山もご覧の通りお怒りです。この一年の出来事 嘘・誤魔化し・偽装とやりたい放題の悪事をして、バレて最敬礼のオンパレードをした連中に神様が怒ってこんな大晦日を下さったのでしょう。明日の元日も同じ天気だそうですから来年も今年の様な酷い年になるのでしょうか?そうならない様に願いましょう。

今年一年 私の拙いBLOGをお読み下さって有難う御座います。お礼を申し上げますとともに、中にはお気に障った内容も有ったかと存じます。その点 此処に改めてお詫びします 来年も私の気力が続く限り描き続ける所存で御座いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

みなさま 好いお年をお迎え下さい。

2007年12月30日日曜日

航空自衛隊



航空自衛隊 浜松広報官の展示格納庫にある、本物のジェット戦闘機です。 実際に操縦席に座って操縦桿を触ったり、計器類を見たり出来ますので、孫達はもう大興奮でした。

こうやって 展示物として観るだけなら「ウワァー!すごいなぁ!」と言ってられますが、これが機関砲やミサイルを発射して人間を殺傷する怖ろしい兵器だと思うと例えようも無い緊張を覚えます。

他に コンピュータシュミレータや、実際に操縦席が動くシュミレータなど迫力満点の展示物が沢山ありまして、ジックリ見れば一日充分楽しめます。夢中になって居まして、お腹が空いてきましたので、受付のお嬢さん(この方も立派な自衛官です)に「食堂はありますか」と聞きましたら、凄く申し訳無さそうに「申し訳ありません。軽食コーナーしか御座いません」との返事でした。私がガッカリして、更に粘って「隊員食堂など解放してないのですか」と聞きました。すると もっと申し訳無さそうに「本当に申し訳ありません。 国民の皆さんの税金で運営させて頂いて居ますのに、行き届かない事で・・・申し訳御座いません」と気の毒な位最敬礼をされちゃいました。此方の方が却って恐縮しました。防衛省の偉い人!聞きましたか!?!

2007年12月29日土曜日

館山寺温泉



この暮れに来て、浜名湖の館山寺温泉に行って来ました。 娘夫婦と孫二人、それに私達夫婦の総勢六人で、浜名湖周辺を観光しながら写真のホテルに宿泊しました。このホテルは料金はリーズナブルで、眺めはご覧の通り最高でした。只 難を言えばお風呂が温泉じゃない事です。温泉に入るにはロープウエイに乗って湖面を渡り、対岸の遠鉄ホテルのダイダラボッチの湯に行かなければなりません。まあそれも一興かなと思えば面白いのですが、寒風吹き荒ぶ日には少し腰が引けます。

ダイダラボッチと言うのは伝説の巨人で、左手をドンと突いた跡がそのまま浜名湖になったと言われています。そう言えば浜名湖の形は巨人の手形にも見えます。

2007年12月26日水曜日

質屋のつぶやき!?!



クリスマスも終わりました。毎年恒例の質屋の繁忙期になりまして、知人の質屋の主人がつぶやいています。

今年は早くも22日から持ち込み(彼氏に買って貰ったブランド品を換金する為)が始まり、今日からピークになるだろう。そして 驚いたり呆れてしまうのは・・・昔は 女性が質屋に来る時は、本当にお金に困って、人目を忍んでコッソリと裏口から来たものだが、今は堂々と全く何の躊躇いもせず、車を乗りつけたりして来る。毎年来る常連が居るし、一度に何個も持ち込む豪の者が居れば、購入した店のレシートを持って来る人がけっこう沢山居る。レシートをどうやって手に入れたのだろう?彼に何と言って話したのだろう?恐れ入ってしまう!!。これ等の品は、彼氏の汗と涙の結晶だろうに、彼女達の軽快なフットワークの後ろ姿に、思わずため息が出た!?!。

2007年12月25日火曜日

クリスマス、賢者の贈り物

クリスマスになるといつも想い出すのがO・ヘンリーの短編「賢者の贈り物」です。

アメリカのとある町に若い夫婦が居ました。夫の名はジム、妻の名はデラ 二人はとっても貧乏でしたが、深く愛し合い、思い遣っていました。デラはキラキラ輝く美しい長い髪をもっていて、ジムはこのデラの美しい髪を飾る櫛をプレゼントしたい、といつも思っていましたが、お金が無くて悔しい思いをしていました。

ジムは祖父から譲り受けた唯一の財産の金時計を持っていましたが、それを繋ぐ鎖がありませんでした。デラはいつかジムにその時計の鎖をプレゼントしたいと願っていましたが、やはりお金が無くて悲しい思いをしていました。

そしてクリスマスが来ました。 が 二人の財布の中には1$ちょっとの僅かなお金しかありません。でも 何とかプレゼントをしたい と お互いに切実に思い合って、デラはその美しい髪を切り、鬘屋に売ってそのお金でジムの時計の鎖を買い、ジムはその大切な金時計を売ってデラの髪を飾る櫛を買いました。

家に帰ったジムは、髪を短く切ったデラを見てビックリしますが、それが自分が売ってしまった時計の鎖を買う為だったと知ります。すして二人は今は無用となってしまった櫛と鎖を前に、大切なのは物ではなく相手を想う心だという事を知りました。

昔の よき時代のアメリカの話です。今のアメリカからは想像もつかない程の仄々とした短編で、毎年クリスマスが来ると想い出します。

2007年12月24日月曜日

クリスマスイブ

今は昔2007年前の明日、エルサレムの南端ベツレヘムで一人のユダヤ人が誕生した、と言われています。 母はマリヤ 父はヨセフとなむ語り伝へたるとや。

当時の恵まれないユダヤ人達は ヘロデ王の圧政に苦しみ、救世主メシヤの出現を乞い願っていまして、この誕生した男の子こそメシヤではないかと思った訳です。 成人した彼は 多くの人々を救ったり、奇跡を興したりしたので、以前から有ったユダヤ教の人々から恐れられ、仲間に裏切られたりして捕らえられ、十字架に磔になりました。その人の名はイエス・キリスト

日本では この人の誕生日の前日、何故かケーキを食べ、プレゼントを贈る習慣があります。キリストを崇拝するでもなく、キリスト教の信者でもないのにクリスマス・イブと称して国民的行事になっています。理由や根拠など、何でもいいから兎に角フィーバーしちゃえとデパートや業者の商魂に乗せられています。

可哀想なのは 若い男の子です。この日の為に女の子に高いプレゼントを買わされ、高いレストランで、ディナーをご馳走させられて、それでなくても乏しい稼ぎをスッテンテンに剥ぎ取られてしまうのです。挙句の果てに無理して買って贈ったプレゼントは即質屋に直行、換金されてしまうので、まさに踏んだり蹴ったりです。

2007年前 ベツレヘムで生まれたお方よ、これをどう思いますか!?!

2007年12月23日日曜日

今昔物語



昨日から相当な量の雨が降りました。その雨が上がって気温も上昇したので、富士山や周辺の山々から蒸気が立ち昇っています。暖かい希望の霊気が上がって行く様に。

「今は昔・・・となむ語り伝へたるとや」と言えば今から九百年程まえの平安時代末期に編纂されたと言う「今昔物語」です。それまで、国内で編纂された説話集や、中国で編纂された説話集から拾ったり、遠くインドの説話も集めたりして、千二百余の集められています。 此の頃 暗く腹の立つ嫌な話ばかりの時にありまして、何か明るい話題を と思い「今昔物語」を読んでみました。その中から心温まるものを一つ・・・

今は昔 天竺(インド)の田舎に世にも美しい妻を持った男がいた。夫は妻を掌中の珠の如く可愛がり、夫婦仲睦まじく暮らしていた。その国の国王は非常に女好きで、国中から美しい女を強奪しては後宮(后)にしていたが、この美しい妻の評判を聞いて、これも手に入れようと企んだ。

そこで その夫を捕らえて死刑にしようとしたが、すぐに処刑する理由がない。仕方なく 無理難題を吹っかけて亡き者にしようとした。国王は「この先四十里の所に、四種の蓮の花が咲いている。それを七日間で取って来い。そうしたら褒美をやる」と男に命じた。が そこには怖ろしい鬼神が居て、とても生きては帰れないので、打ち萎れて家に帰った男は妻にそれを話した。

美しく賢い妻は、男に有難い呪文を教えて送り出した。やがて行く先に鬼神が現れたので、妻に教えられた呪文を唱えると不思議にも鬼神が天上の神に変わり、男を助けて四種の蓮の花を採って来てくれた。

その花を持って帰って国王に献上すると、国王は改心して「私は 鬼神にも劣る恥ずかしい人間だ。もう二度と邪心はおこさない。早く妻の所へ帰れ」と開放してくれた。妻がどんなに喜んだ事か、二人はそれから幸せに暮らした となむ語り伝へたるとや。

2007年12月22日土曜日

冬至



今日は冬至です。それに相応しいドンヨリと曇ったそれの薄ら寒い日になりました。

昨日は快晴で暖かい小春日和だったのに、大変な違いで、こうも日毎の寒暖の差が激しいと体が対応出来ません。インフルエンザ・ノロウイルスと、この年末に来て病気が流行って困ったものです。

その不安な気持ちを掻き立てる様に昨日、一昨日とカラスが群生して飛び回っていました。あの独特でイヤな鳴き声をカァカァたてながら何百羽ものカラスが空をクルクル舞い飛ぶ光景は、何か不吉なものを想わせます。 だから 今日は、カボチャを食べて柚子湯に入って、おきよめをします。

2007年12月21日金曜日

みかんが可哀想!!



みかんの実が落果するままに捨てられています。折角みかんの木が精一杯努力して実らせたのに、誰も収穫してくれません。小鳥やカラスも此の頃は贅沢になったのか見向きもしません。

以前にも述べましたが、農家は「このみかんを収穫して農協に出しても大した収入にならない」と言いますが、ロクに手間もかけないので、味も悪いし姿も悪いので良い値段になる訳がありません。これではみかんが可哀想です。何しろアパート経営の収入が潤沢だから辛い農作業なんかやってらんないのです。

それなら農業を辞めちまえばいいのに、辞めたら「農業助成金」が貰えなくなるので形ばかりやってるのです。言うまでも無く「農業助成金」は私達の税金です。それを農業属議員達が農家にバラ撒いて居るので農家は豊かに恵まれているのです。その税金を取られて居る私達は貧しく恵まれて居ません。なんと不公平でしょう!!

2007年12月20日木曜日

お坊さんの糖尿病!?!



秋の名残の紅葉です。寒風に吹かれて震えていました。

今日 何年振りかで知り合いのお坊さんに逢いました。以前と比べるとズッと痩せて、まるで別人の様に見えましたので、向うから声をかけてくれなかったら判らない程でした。 彼のお寺は地元では有名な所謂名刹で、檀家も多く豊かです。だからでしょうかとんだ破戒坊主で、美人の奥さんを娶るし、肉や魚を食べるし、おまけに般若湯と称してお酒を飲んで、カラオケを歌わせたらお経で鍛えた声はクロウトも裸足で逃げ出すくらいでした。

余りの痩せ方なので、「どうしたの?」と聞いたら「糖尿病になっちゃった!」と言う返事でした。 つまる所 坊主のくせに贅沢三昧の果てにかかる事態になったのです。ザマーミロ!!

2007年12月19日水曜日

優しい彼女!!



今日は寒い日です。池の鴨達も寒そうに固まってジッとしています。

今日は年に二度の歯の手入れに行って来ました。いつもの様に可愛い歯科衛生士のお嬢さんに手入れをやって貰いながらの会話です。

「年末年始の休みは?

「28日から1月6日までです。こんな長く休みが取れるのは初めてです」

「じゃ 海外旅行でも行けるね」

「でも・・・お金が無いから・・・」

「彼に出して貰えばいいじゃないか」

「だってぇ 彼 お金ないんですぅ」

「じゃぁ クリスマスプレゼントも余り期待出来ないの」

「プレゼントは、私の方がするんです彼貧乏だから・・・」

以上の会話で、何だか彼女が気の毒になってシンミリしちゃいました。そして その不甲斐ない男に腹が立って来ました。こんな優しく素敵なお嬢さんにぶら下って生きてくとは、 その男は、彼女にクリスマスプレゼントも出来ないで、逆にプレゼントを貰うんだなんて・・・男として屈辱に思わないんでしょうか情けない然し 残念ながら今時の男にはこの手の不甲斐ない奴が多いらしいですね。「自分探し」などと勝手な理屈を言って、定職にも付かず、その代わり一人前に見栄だけ張りたがる困った男です。ホント困った奴です。

2007年12月18日火曜日

銃社会!?!

長崎県佐世保市で凄惨な銃犯罪がありました。その前には東京目黒区の医者宅で五歳の子供がライフル銃を誤って暴発させて、弟が死亡する事故(過失)がありました。

今朝の朝日新聞「声」欄に栃木県の主婦の方から「銃は使わない時は警察に預けたらいい・・・」と言うご意見が載っていました。まさに大賛成です!!。すると必ず「そんな事すると面倒だ!」と言い出す人が居ます。然し銃は凶器なんです。銃は人を殺傷能力の有る凶器なんです。それでは「正しく使えば凶器ではない。」と言うでしょうが、違います!!。もし その銃が盗難に逢ったらどうしますか? 銃の所有者がいくら仁品骨柄の立派な人であったとしても、その方が犯罪に巻き込まれたら銃が凶器として使われる状況になってしまいます。

今や 銃が一般家庭に自由に置いてある事自体が危険なのです。銃の盗難もあるでしょうし、銃を狙った犯罪もあるでしょう。

だから「銃は使わない時は警察に預けたらいい・・・」のです。

2007年12月17日月曜日

内部告発⇒X密告



今日も 何があろうと美しく不動の富士山に一すじの白雲がかっていました。

昨日の隠蔽体質続きで、それに関連して内部告発に就いてです。内部告発と言うと密告・告げ口・裏切り・タレコミと言った陰湿な悪いイメージですが、今年大いに話題になった内部告発の数々は断じて密告ではないと思います。!!
今回 食品偽装を内部告発した勇気有る人々は、決死の覚悟で実行した賞賛すべき行為です。勿論 その結果自分の身に降りかかる厳しく、辛い様々な事柄を覚悟の上ですから、悶々と悩み苦しんだ上に大変な決意が要った事でしょう。それを想うと改めてその勇気に深く敬意をはらうのを惜しみません。

だから心配します。その勇気有る人々が、今回の内部告発をしたが為に、会社や、周囲の同僚達や社会から様々な迫害に逢わないかと言う事です。

マスコミは、 内部告発で会社トップの悪事を大々的に報道しましたが、その後をチャンとフォローして、特に告発した人達の保護をする責任が有ると思います。何故なら それはマスコミしか出来ないからです。

そして 内部告発をした人々が、密告者・裏切り者にされてしまわない様にシッカリと監視して欲しいのです。!!  

2007年12月16日日曜日

隠蔽体質!?!

今年問題になった会社トップや、公務員達の隠蔽体質のルーツは江戸時代だと思います。徳川幕府は、人民統治を安易にする為に五人組制度を作りました。

此れは 五人を一組にして連帯責任・密告制度です。五人の内の一人が悪事を働けば、五人全員の連帯責任として罰せられるので、みんなで必死に隠蔽するのです。逆に それを密告すれば、ご褒美が出たりしました。 幕府が出した古文書「五人組仕置帳」に拠れば、身分によって、服装から婚礼・葬式のやり方から、年貢の納め方、収められない時の罰則まで事細かに規定した通達をして、人民を雁字搦めにして、もし 違反すれば厳罰に処したのです。

これは全て徳川幕府の都合の良い様に作られていますから、人民は堪りません。それでも罰が怖いですからビクビク怯えながら生きて行くしかない訳です。

それでも 凶作の時などや、やむを得ずささやかな誤魔化しをせざるを得ない場合もあります。そんな時は、みんなで必死に隠蔽をするのです。バレたら命がなくなりますから・・・

そんな 悲しい歴史が300年以上もあってこんにちに至っていますから、隠蔽体質は根強くあるのでしょう。!?!

2007年12月15日土曜日

YaHoo BB 個人情報漏洩事件!!!

YaHoo BBが個人情報を漏洩した事件で、原告側が一人当たり10万円の損害賠償を求めて起こした裁判で、最高裁は原告・被告双方の上告を棄却して、YaHoo側の責任を認め、損害賠償額5,500円で確定しました。漏洩の原因は派遣社員の仕業としています。

たった5,500円です!。個人情報は 悪用すればとてつもない損害を齎すのに、それを漏洩した責任がたった5,500円とは安過ぎませんか?納得出来ません!!。これでは安心してインターネット等出来ません。特にYaHooでは、それ以前に450万人もの個人情報が漏洩する事件がありました。この時も派遣社員の仕業にしていますが、こんな膨大なデータを盗み出す事は個人の能力では不可能です。この様な言い訳は昨今の食品偽装と同じレベルの見え透いた嘘です。これは社内の相当の権限を持った人間が、組織的に行わなければこんな大仕事は出来ません。

それ以来 私はYaHoo関係には絶対に個人情報を明かさない様にしています。

2007年12月14日金曜日

赤穂浪士

今日は「赤穂浪士が吉良邸に討ち入りをした」と言われている日です。正確には元禄十五年十二月十五日未明(現在の新暦では一月三十一日)四十七人の赤穂浪士が、本所松坂町の吉良邸に討ち入り、吉良上野介の首級を挙げ、見事本懐を遂げたと言う有名な事件です。

事の発端はご存知の通り、江戸城の松野廊下で、浅野内匠頭が突然刀を抜いて吉良上野介に斬りかかったものです。浅野が何故吉良に斬りかかったか それは浅野が吉良から数々の虐め・嫌がらせを受けて堪忍袋の緒が切れた と 言われて居ますが、その後の研究ではどうもそうではないらしいのです。

専門の精神科医の著書に拠れば、浅野内匠頭は統合失調症(精神分裂症)らしいと推察しています。と言うのも吉良上野介が浅野内匠頭を虐めたと言う資料が見つからないし、浅野内匠頭が普通の神経の持ち主なら、殿中で刀を抜けば身は切腹・家は断絶と言う御法度は充分承知してた筈ですから・・・そうなれば300人の家臣達が路頭に迷い、後世に汚名を残す事になります。武士は何よりも名を惜しむ人間ですから、考えられないのです。だから浅野内匠頭は発作的に刃傷に及んだと考えるのが妥当なところでしょう。

吉良上野介こそいい迷惑です。四十七人の武装集団に討ち入られて殺された挙句、300年以上の後世に悪者の汚名を残されて、毎年暮れになるとドラマや映画やお芝居で上演されるのですから堪りません。吉良上野介の地元では仲々評判の名君だったのです。だから 此処では「忠臣蔵」のお芝居は上演されないそうです。

2007年12月13日木曜日

ティファニーの年末風景



最近流行の家庭用イルミネーションです。これだけ飾り付けると電気代もさぞかしかかるでしょう。

又 今年も独身男性にとって恐怖の季節が来ました。クリスマスプレゼントを愛しい彼女に贈る為に無い金を無理して工面する涙ぐましい季節です。 この時期 ティファニーの店は若い女性達で大賑わいです。イヤ 決して買う為じゃなくて、彼に買わせる品物の品定めなんです。「あの彼には此れを買わせよう。そして別の彼にはあれを買わせよう」と怖ろしい計画を胸に・・・!?!
店員さんも心得たもので、彼女達が自分で買って、それを身に着ける意志なんか無い事を充分しってますから、商品説明も愛想笑いも全然なし、淡々としたものです。

そして 可哀相な彼に買わせた品物は即質屋さんに直行・換金です。だから 彼女達が見ているのはデザインなんかじゃ無くて値札だけで、彼が精一杯無理しても購入可能な線を見積もっているだけです。哀れぇ!・・・彼女は 換金したお金で今度は本命の彼にクリスマスプレゼントをするのです。 男って・・ホント馬鹿ダネ。!!!

2007年12月12日水曜日

IHI 整理ポスト入り!?!

IHI(石川島播磨重工業)が東京証券取引所の管理ポストに入れられる事になったと言うニュースを見てビックリしました。今期の決算が60億程の赤字になる、否もっと赤字額が膨らむ可能性がある と 言う理由からです。つい 先ごろ凄く立派なIHIタワービルを建てたばかりなのに・・・何でも 豊洲にある膨大な土地を売却して赤字の穴埋めをして、それでも60億の赤字が出るとの事ですから、いったい本当の赤字額はどれ位になるのでしょう。!?!
この会社の歴史は極めて由緒あるもので、1853年 水戸藩主徳川斉昭が幕府の命令で、江戸の石川島に造船所を創設したのが始まりです。それから154年、色々な企業と合併したりして今日に至ってます。途中 何度か経営危機がありましたが、経営の神様・土光さんが乗り込んで建て直しをしてりして、此の頃では大分順調だと聞いてましたが、又々ピンチになったのですね。原因は海外のプラント工事の失敗とその保障工事の費用負担と言います。なんともお粗末な話です。前回のピンチも確か水処理プラントの不具合で、その保障工事がとんでもない金額になって、それが又一挙に何軒も発生したものでした。それを土光さんが乗り込んで来て、当時の技術陣達を思い切ってバッサバッサと斬り、体質改善をしたのですが、時移り・人代わりで又同じ所が腐ってきたのですね。ヤレヤレ また土光さんをあの世から呼び返して来て貰わないといけないのですかねぇ!!

2007年12月11日火曜日

いか兆!?!

今朝の朝日新聞「天声人語」が言ってました。「いか兆」⇒「いかさま吉兆」を縮めて「いか兆」まさにその通りで、前代未聞の悪徳業者を良くぞ言ったりって感じです。

これで 船場吉兆が潰れようが、吹き飛ぼうが経営者の湯木一族は、いかさまで稼いだ財産がタップリあるから生活に困る事はないでしょう。然し従業員達は職を失い、生活に困ってしまいます。でも その責任は湯木一族は知らん顔でしょう。

赤福もそうです。経営者の濱田一族は生活の心配は全く無く、悠々自適ですが、従業員達は何の罪も無いのに失業・生活苦の悲惨な目に逢います。この年の暮れを迎えてさぞかし苦しい事でしょう。

マスコミもどうして此処の責任を追及しないのでしょう!?!。経営者一族の悪事の為に悲惨な目に逢わされて苦しんでいる一番の被害者達にもっと目を向けて欲しいのです!!。

2007年12月10日月曜日

船場吉兆 もうだめでしょう!?!



小春日和の池に泳ぐ鴨たちです。争わず、仲良くみんなで一緒に生きて居ます。嘘も誤魔化しもせず、生きてます。

船場吉兆が会社ぐるみの偽装工作を認めました。判り切った事を何とか言い逃れようと悪足掻きをしたものの、結局諦めたんですね。みっともない!!。

でも 未だ完全に反省してません。報告では「社員全体に、法を遵守する意識が欠けていた」と言ってます。此処に至っても未だ、その責任を「社員全体」と言ってるのです。

責任は社長とその親族だけに有るのであって、社員にはありません。!!それなのにそう言う言い方で、自分達の罪を逃れようとしてジタバタする湯木一族の卑怯未練な態度は世間様が赦さないでしょう。もう船場吉兆は駄目でしょうね。!!!

2007年12月9日日曜日

真珠湾攻撃!!

昨日 12月8日はあの日米開戦となった真珠湾攻撃の有った日でした。

当時の日本は、米英ソの列強に対抗する為に、中国・満州・東南アジアを侵略して戦力増強をしようと激しく動いていました。それを恐れた欧米各国はA・B・C・Dライン(A=アメリカ、B=イギリス、C=中国、D=オランダ)と言う封鎖作戦を敷いたのです。これは石油をはじめ、諸資源を一切日本に輸入させないと言う窒息作戦です。これに耐えられなくなった日本は、まるで炙り出されるように米・英を相手に無謀な戦争に突入したのです。

此れを聞いて 手を叩いて喜んだのは、アメリカの代32代大統領フランクリン・D・ルーズヴェルトでした。その時のアメリカは歴史に残る大不況で、政治的に手詰まり状態でした。その決定的解決策は戦争をする事しかなかったのですが、当時の全米の世論は圧倒的に戦争に反対でした。だから 日本が真珠湾攻撃をしてくれた事が戦争をする為の絶好の口実になったのです。ルーズヴェルトは、この真珠湾攻撃を、卑怯な騙し討ち=「リメンバー・パールハーバー」と過大に謳い上げる事で、全米の世論を一気に戦争開始に持って行ったのです。

その後 この真珠湾攻撃に就いて、歴史家達や、当時の野党の共和党議員の中には、「ルーズヴェルトの計画通りであった」と言う証言が有りましたが、それを証拠付ける文書はありません。 が そうかも知れない とも思えます。

もし そうだとすれば、ルーズヴェルトの計画は、アメリカの景気は好くなったけど、あまりにも多くの犠牲者を出し過ぎました!!。そして 今尚その時の悲劇の余韻が色濃く残っています。そして アメリカはその事をまったく反省していません!!。それどころか、世界中に戦争を仕掛けています!!!。

2007年12月8日土曜日

守屋幸子さん・・・もったいない!!



農家の庭先です。手前がみかん、奥が柿で、両方ともたわわに実ってます。 でも 誰も収穫してくれませんから成り捨て状態になってます。みかんは美味しい青島みかん、柿は甘柿なのに・・・もったいない。!!
もったいない と言えば守屋幸子さん、タカリもほどほどにしておけばいいのに・・・調子に乗り過ぎて酷い事になりました。まさか自分が警察に逮捕されるなんて夢にも思わなかったでしょう。事務次官夫人と言うのは「何をしても赦される」特別な人間だと勘違いをしてしまって、周りの人々からおだてられる侭に有頂天になって・・・そして警察のお世話になるなんて・・・とんだピエロになりました。

たぶん 彼女は宮崎元専務を散々利用したつもりでしたが、実は自分の方が利用されていたのです。そして幸子さんが宮崎さんからタカリ取った稼ぎは彼女を取り巻くおだて上手な人々にスッカリ奪い取られて仕舞っていて手元には殆ど残ってはいないでしょう。・・・もったいない。!!

2007年12月7日金曜日

素晴しい指導者!!

今日の地元新聞にプロ・サッカーコーチでジュビロ磐田の監督をした事もある山本昌邦さんのコラムが載っていました。その内容が素晴しいので紹介します。

子供たちを指導するテクニック。子供たちは、成長する為の燃え盛るようなエネルギーを持っている。そのエネルギーにどれだけ火を灯せるか、が指導者にとって欠かせないテクニックだと思っている。 その必要なキーワードは「説得」である。いくら説明が上手でも、子供たちの心に響か無ければエネルギーに灯をともせない。説得出来れば子供たちは「納得」し、上手になろうと努力するようになる。「育成」とは教える事ではなく、気付かせる事である。言葉の使い分けも重要だ。「われわれ」と「きみたち」を例に挙げてみると・・・

「われわれ」とやるのは、結果が良くなかった時で、「「われわれ」が悪かった」と指導者も失敗仲間である事を強調する。逆に良い結果を出した時には「「きみたち」のプレーが良かったから」と子供たちを讃える。 こうして「われわれ」と「きみたち」を使い分ける事により、子供たちとの信頼関係が芽生える。失敗したら、咎めるよりも褒めること。この事も肝に銘じておきたい。失敗を恐れてチャレンジしないより、失敗しても前に突き進む姿勢を評価すべきと思う。

素晴しい考えだと思います。こう言う指導者に拠って未来も名選手が沢山育って行く事を願って已みません!!

2007年12月6日木曜日

関西経済 深刻!?!



寒風に富士山の雪が吹き飛ばされて、見るからに寒そうです。

大阪府知事の候補者選びが難航しているようです。太田現知事が金銭トラブルで、出馬不能になって後釜の人材が居ないのです。お笑いタレントは山ほど居るのに・・関西圏の経済が地盤沈下が深刻だ、と言われてもう二十年以上が経ちます。資本金100億円以上の大企業に限っても、18社が本社を大阪から東京に移しているし、人口をみても、この10年で12%も減少していると言われてます。東京や、愛知は変化がむしろ増加傾向にある、というのに・・・どうしたのでしょう。?

第三セクターは殆ど赤字で、その負債総額は実態が掴めない程巨額で、あの関西空港も、USJも赤字だそうですから、今後 大阪はじめ関西圏はどうなるのかそのツケを廻されては大変だから、大企業の撤退や人口の減少が起きているのでしょう。!?!

2007年12月5日水曜日

素敵なお家



素敵な家です。まるでスイスの山に建ってる様なエキゾチックな家ですけれども、あくまでも噂ですが、売りに出ているそうです。こんな素敵な家なのに何故でしょうその訳は、 ご覧の通り高台に建って居るために何をするにも階段を上がったり下がったりで大変だと言うのです。勿論 眺望はこの上なく素晴しいし、デザインはいいし「こんな家に住んでみたいなぁ!」なんてこの家の前を通るたびに思っていましたが、噂を聞いて成る程と思いました。毎日の買い物や色々な用事をするのに、この急な階段を何度も昇り降りするのはかなりの重労働でしょう。きっとこの家のご主人は住んで見てその大変さを実感したのでしょう!。傍からでは解らないものです。

2007年12月4日火曜日

今年の一文字



強風で富士山の雪が吹き飛ばされて地肌が見えます。その上に飛行機雲が一筋ありました。

今年一年を表現する「ひと文字」は、清水寺の管主は何と言う字にされるでしょうか 私は「偽」ではないかと予想します。随分と色々な偽装やら、嘘・偽りがありましたからねぇ。

私個人としては、「飢」です。兎に角しょっちゅう空腹で、情けないほど飢餓感に悩まされた一年でした。お陰で、67.5kg有った体重が58kgになりまして、体脂肪率も26%から16%になりました。

でも これをシッカリと維持していかなければ!!!・・・

2007年12月3日月曜日

ママの怒鳴り声



昨日 いつもの公園で三色に変色している櫨の木がありました。日当たりの関係でしょうか同じ木なのに夫々紅くなってるのと、半分紅いの、未だ緑のまんまのと、三色が一本の木から生えてました。

お天気だったので子供連れのママ達がおおぜい来てました。(何故かパパの姿は少なかった)アチコチから子供達の嬌声が聞こえます。楽しそうに目イッパイ元気に走り回る姿はいつ見ても楽しく、嬉しくなります。

ところが その子供達の声に混じって、ママの怒鳴り声がしきりとするのです。「早くしなさい!」「そんな事しちゃ駄目!」「何度言ったら解るの!」と あっちからも、こっちからもヒステリックな怒鳴り声が絶え間なく聞こえてきました。

公園は子供達が自由気侭に遊べる所です。そして 子供達にも意志があり、リズム・ペースが有って、それで自由に遊ぼうとしているのに、傍でママからギャーギャー怒鳴られては子供も堪らないでしょう。もっと好きな様にさせてやればいいのに・・・ママには余裕が無いのでしょう可哀相に!?!

2007年12月2日日曜日

年末ジャンボ宝くじ!?!

恒例の年末ジャンボ宝くじが売り出されています。私は超個人的にですが、この宝くじは「本当に当たりくじがあるのだろうか?」と言う素朴な疑問を持っています。何故なら あたしの周りの友人知人は勿論、近隣住民の間で「当たった!!!」と言う話のかけらも聞かないからです。勿論、当たった人はジッと沈黙を守って居るかも知れませんが、でも何時かはバレルものです。

それと もう一つの疑問は、当選くじが出る店がいつも決まって静岡駅前の○○タバコ店だけなのです。沢山売れれば当選の確立が高くなるのは解りますが、それにしても偏在し過ぎじゃありませんか?。だから怪しい???
まぁ 「当たらぬ奴の僻みだ」と言われればその通りでありますが、買わなければ腹も立つまいってな訳で、此処何年も買いません。

2007年12月1日土曜日

新幹線のインフラ



やっと晴れました。私のインフルエンザもどうやら治りましたので、久し振りに公園にウォーキングに行きまして、その時見た富士山です。

先日 妻が福岡の母の葬儀に行って来た時の話です。 静岡から名古屋まで「ひかり」で行きまして、名古屋から「のぞみ」に乗り換えて小倉まで行きました。その名古屋で乗り換える時の出来事です。

降車する人が済んだら、乗車する人が乗り込むわけですが、その乗り込んだ人が入り口で止まって動かないのでどうしてかなと思ったら、中からお婆さんの声で「すみませーん! 降りまーす!」と言う叫びが聞こえました。三連休の初日なので、車内は通路もデッキも満員で、やや殺気立っていました。

外からは「何やってんだ早く出て来い!!」と怒鳴り声、中からは「すいませーん!降りまーす!」の叫び声。よく見たら車椅子のお婆さんが必死に降りようとしているのですが、通路にもデッキにも人と荷物がイッパイなので、出るに出られず困っているのです。

やっとの事で乗降口まで辿り着いたのですが、今度は乗降口の段差が降りられません。とうとう業を煮やした男性客が「バカヤロー!! こんな時に車椅子で来るなー!!」と罵声を浴びせてしまったのです。

然し このお婆さんが、この状況の中でも新幹線に乗って行かなければならないのには余程の訳が有ったのでしょう。気の毒に罵声を浴びたり、白い目で見られたりしながらホームのエレベーターに消えて行ったそうです。

そこで思うのは、駅のインフラをバリヤフリーにしても、肝心の車両をバリヤフリーにしなければ片手落ちじゃにでしょうか車椅子専用車両を作るなどしないと身体に障害のある人はやむを得ない用事で混雑時に新幹線を利用したくても出来ないのです。

JRには是非考えて欲しいと思います。

2007年11月30日金曜日

倫理カード???

防衛省が職員と自衛隊員約26万人に名刺サイズの自衛隊員倫理カードを配布し、常時携帯を義務付ける事を決めたそうです。

ラミネート加工されたカードの表面には「利害関係者との間の禁止行為」として「供応接待を受ける事」「遊技、ゴルフ、旅行を共にする事」などと八項目の禁止項目を列記。違反した場合の処分の基準なども記されている。

裏面には「利害関係者の定義」として「契約を締結している業者等」などと例を挙げて説明。「疑問があったら自分勝手に判断せず、各機関の倫理管理官に相談する事」としている。・・・・そうです。

これ まるで小学校の児童達が「ひとをいじめるのは、やめましょう」とか「みんな、なかよくしましょう」と言うレベルの事柄と同じじゃありませんか防衛省という国家公務員が、こんな程度のカードを持たされるとは・・・恥ずかしくないのか。!!
いっその事 また防衛省から総務省・防衛局くらいに格下げしたらいいでしょう。レベル低いんだから。!!

2007年11月29日木曜日

喪中はがき

本日 大急ぎで喪中はがきをパソコンで作りまして投函しました。これからお歳暮や年賀状の時期になりますから、皆様のご用意もありますし、それに間に合うように急ぎました。

考えて見ますに、義母は丁度いい時期?に亡くなってくれたわけです。義父が亡くなったのは12月29日でしたから、喪中のはがきを出すどころか、遠方の親戚(私達も含めて)としては大晦日の葬儀に出るのが大変でした。帰省ラッシュのど真ん中で、八方手を尽くしても切符は手に入りません。子供二人を連れて福岡まで立ちっ放しで行くのは子供達が可愛そうですし、まったく途方に暮れました。

結局 静岡から福岡までの1,000kmを車でぶっ飛ばしました。夜8時に家を出て、翌日の朝9時に到着して葬式に出席して、直ぐとんぼ返りして元旦の朝5時に家に帰り着きました。どうしても息子のサッカーの初蹴りに間に合わせる為でした。往復2,000kmを殆ど一睡もせずで走り通しました。若かったのですね。今思うと良い思い出ですが、体力と運転には自信が有ったから出来たと思います。

人は死ぬ時は選べませんが、出来る事ならば義母の様になるべく皆様にご迷惑がかからない時に死にたいものです。

2007年11月28日水曜日

徒然草

闘病中 する事がありませんので、読書をしました。長編を読む気力はありませんし、現代のケバケバしい表現のものも苦手ですから、久し振りに古典徒然草を読みました。これが七百年前に世捨て坊主が書いたものとは思えない程、現代の人間にグサッと来るものがありまして、今更ながら感銘した次第であります。

その中でも 第百四十二段からの抜粋・・・人が盗みや僻事(ひがごと→悪事)をするのは、その人の心になりて思えば、まことに悲しいからん親や妻子の為に恥を忘れてするのだ。されば、盗人を縛め、僻事をのみを罰するよりは、世の人が餓えない様に、寒さが凌げる様にして欲しい。人を苦しめて、法を犯させてそれを罪に問うのは酷である。人は困窮して罪を犯す。 だから世を統治する者は、奢り費やすのを止め、民を慰撫し農を勧進すれば下々も潤い、犯罪は減るだろう。衣食が足りていて、僻事をする奴こそまことの悪者である。!
まるで 今 話題の人々の事を言ってるみたいです。七百年前も今も 人間は全然進化してません。兼好法師はさすが鋭い。!!

インフルエンザ

やっとインフルエンザが治りました。今回はあまり高熱は出ませんで、わりと苦しまずに済みました。

然し 今度は妻が疲れが出まして、臥せっております。何しろ 往復とも超満員の新幹線で、途中でやっと座席に座れた様ですが、大変な旅をして来たのでしたから・・・「お疲れ様でした!」

それにしても 昔から人が亡くなるのは時を選ばずと言いますが、丁度今年最後の連休とのバッティングで、その混雑も当然と言えるでしょう。指定席は勿論、グリーン車も満員で、子供づれが多い為に乗り降りに時間がかかって、小倉に到着が30分も遅れ、出迎えの人を困らせたそうです。

義母も96歳の天寿をまっとうしての大往生ですから、葬式も悲しみもなく、むしろお祝いムードだったようで、義兄も義姉もやれやれホッとしたでしょう。

皆さん 本当にご苦労様でした。!!

2007年11月26日月曜日

名医に叱られました!

風邪の状態が悪くなっちゃいました。 昨夜 色々な所に連絡を取る為に、電話をかけたり、かかって来るのを待ったりして、夜遅くまで起きていましたので、すっかり湯冷めしてしまい、凄い悪寒がして来て布団に飛び込みました。でも 一旦冷えてしまうと仲々温まらず、かなり長い時間ガタガタ布団の中で震えていました。

今朝6時頃 もう我慢出来ずに 尊敬する我が名医の所に電話したら「馬鹿もん!! 直ぐ来い!!」と怒鳴りつけられて 「ハイッ!!」とばかりすっ飛んで行きました。

結局 インフルエンザの初期症状らしく、すぐに抗生物質の注射をして貰い、この二日ばかりで発熱が無ければ大丈夫だろうと言うご託宣でした。診療は直ぐ済んだのですが、そのあとコッテリとお説教で油を搾られました。 「ハイ 以後気をつけます。センセイ」

2007年11月25日日曜日

雪山の遭難

十勝岳連峰で雪崩れに遭難、四人もの人々が亡くなりました。死者を鞭打つつもりは無いのですが、人はいつかは死ぬものとは言えども・・・山で遭難死するのは最悪の死に方だと思います。何しろ、多くの人に大変な心配をかけて、大金を遣って捜索隊をお願いして、挙句の果てに物言わぬ惨めな姿になって帰って来るのですから、家族・友人の悲しみは計り知れません。こんなに多くの人達に絶大な迷惑をかけて死ぬのですから、最悪の死に方だと言うのです。然も 自分で防ぐ事の出来ない不慮の事故などと違って、防ぐ手立ては充分あるのですから。人生で死ぬ事はたった一度しか出来ません。だからその「死に方」を一生に一枚しかないカードを切る心境で慎重に、大切にしたいものです。

それなのに この数日で2メートルも新雪が積もったと言う山にノコノコ登って行くなんて雪崩れに遭いに行くようなものです。聞けば山岳会のメンバーだそうですが、それにしては無謀な行動と言われても仕方がないでしょう。
私も 遥かな昔の11月、友人を御嶽山で亡くしました。その日も予想外の初雪が振り、視界を失った軽装の友人は非難小屋の数十メートル手前で力尽きて死んで居ました。その時の家族の悲嘆振りは言語に絶するものでした。その姿が今尚忘れられません。だから 「山で遭難死」と聞くと怒りを禁じ得ません。

2007年11月24日土曜日

未だ臥せっております。

外の天気はポカポカ陽気です。世はまさに行楽シーズン真っ盛りでホントによござんすネ。(ヤケクソです)風邪の状態が何とか回復方向ですが、まだチョットふらふらしますので、未だ床に臥せっております。昨日が最悪で、それでなくても呆けた頭がボーッとして「此処は何処?私は誰?」状態でしたが、今日は意識は何とかシッカリしてます。

妻が 母親の葬儀の為に福岡に帰省しておりますので自由気侭な一人暮らしです。だから シメタチャンスだこの際 若い女の子を引きずり込んで浮気の一つでもこいてやろうと悪心を起こしましたが、残念ながら体が言う事をききません。

諦めて 此のまま寝てましょう。

2007年11月23日金曜日

義母が逝きました

昨日 夕刻 福岡の義母(妻の母)が亡くなりました。 行年96歳の大往生でした。医者の見通しでは、年末かな? と言うものでしたから、年の暮れの超忙しい時だと困る、と義兄も言ってました。実は義父が亡くなったのが、12月の29日だったので、親類縁者一同大変でした。当時(20年前)は新幹線は「ひかり」と「こだま」だけで、本数もグンと少なかった為に、もう鉄道を諦めて30日の朝暗い内に自家用車に妻と子供二人を乗せて自宅を出て、福岡までひたすら走った覚えがあります。義母はその辺を気遣ったのかもしれません。

然し 生憎の三連休の初日で、指定席は全然ありません。そして 私は風邪を引いていて(誰です鬼の霍乱と言うのは)とても立ちっ放しで福岡まで行く自身はありませんので、取り敢えず妻が一人で行きました。尤も 春に元気な内にお別れをして来たので、今回はお許し頂きました。 義母の冥福を祈って 合唱。

2007年11月22日木曜日

風邪をひきました

不覚にも風邪を引いてしまいました。数日前 急に気温が低くなってその時やけに背中がスウスウすると思いましたが、どうやらそれで罹ったのです。

熱はそれ程ありませんで、昨日が38度、今日は37度と下がりましたのでインフルエンザではなさそうです。症状は咳きが出て、膝に力が入らず酔っ払い見たいになりましたが、今日は何とか良くなりました。

こんな時こそ読書と言う訳で、兼好法師の徒然草を久し振りに読みました。

つれづれなるままに日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく書きつれば、あやしゅうこそものぐるほしけれ。

この書き出しで始まる700年前の鎌倉末期の作品は、本人も言っている通り暇でしょうがない時の「退屈ノート」ではありますが、当時の治安の乱れや、倫理観のこれ以上無い堕落ぶり等は現在の世の中がこれから向かう方向を暗示しているかの如くに思われてなりません。

2007年11月20日火曜日

黄色い霧



今朝見た富士山と駿河湾です。いつもの様に日が昇る時、海水温が気温より高い時に海から霧が立ち昇ります。真綿の様に真っ白な霧がフワリフワリと海風に乗って陸地の方に寄せられて行きます。

ところが 今朝の霧は 真っ白ではありませんで黄色でした。今までこの様な色の霧は見た事がありません。 近くに居たご婦人も「こんな霧の色は初めて見ました。永年この景色をみてるけど、見た事無いヮ。大地震でも来なきゃいいけど!?!・・・」と言って心配してました。何だか私も心配です。!?!

2007年11月19日月曜日

冬が来たぁー!!!



初霜です。今朝の気温は我が家の周辺で2.5度c寒ぅーい!!!

冬が突然にやって来るんだもん! 堪えるぅ!! ブルブルゥ!!、大体霜が降りるのは例年なら1月に入ってからなのに、未だ11月中旬で初霜なんて「聞いてないよー!」 と嘆けど・叫べど無情なるかな来ました冬将軍。

これから約4ヶ月の間、私は 寒さの為 仮死状態に近くなりまして、新陳代謝が衰え、鬱状態になります。何をやっても考えてもネガティブで、元々僅かしか無い知性と教養も働かなくなります。オー マイ ゴッド!!
春よ来い 早く来い!!(もう 今からかよっ!)

2007年11月18日日曜日

郷土文化の伝承



昨日の小学校の研究発表会で郷土文化研究で郷土に伝わる木遣りを唄いました。地元の年寄り衆が本格的に指導した木遣りを、大きな声で、晴れた秋空いっぱいに響き渡らせていました♪。子供達の歌声の美しかった事、いいものを聞かせて貰いました♪♪。

最近 子供と大人の断絶が問題視されてますが、こんな風に 昔から伝承されている芸能・文化を素直な気持ちで繋いでいくのは素晴しい事です。この企画をされた小学校の先生方に敬意を払います。(拍手)

2007年11月17日土曜日

お茶の研究発表会





今日は 小4の孫の研究発表会がありまして、見学に行ってきました。

茶畑の一年間の農作業から、刈入れてから製茶して、製品としてお店に並ぶ迄 を実に細かく丁寧に調査して、表や絵、紙芝居やグラフにして発表してました。
紅茶にも沢山の種類がある、とか 緑茶も手揉みと機械揉みがあって、手揉みの方が美味しいなどと、仲々意味の深いところまでの発表でした。最期の結びで、今まで お茶を簡単に考えて居ましたが、大変な手間をかけて出来て居る事が良く判りました。これからは、もっとお茶を大切に飲みたいと思いました。と まことに有意義な発表でした。

2007年11月16日金曜日

アメリカの天使



レナちゃん 1歳です。 いつもの公園に居ました。  あんまり可愛いので、思わず近付いて「こんにちは」と言いましたら「Hi!!」と言った様な?・・・つぎに「写真撮ってもいい?」と言ったら また「Hi!!」と言いました。そばでママが優しい目をして微笑んでいました。本当に天使のような可愛い子です。

この子が 大きくなった時、どうぞ世界中が何も問題の無い幸せイッパイの地球であります様に・・・

2007年11月15日木曜日

女子バレー・絶望!?!



いつもの公園の池に鴨たちが帰ってきました。いよいよ寒い冬が近付いて来ました。嫌だなぁー!?!

女子バレー キューバに負けちゃいましたね。 戦前から勝てるとは思いませんでしたが、我が敬愛するメグチャンが一所懸命頑張ってるし、何とかして北京に行って欲しいし、テレビやゲスト達が番組を盛り上げようとして「勝てる勝てる」と無理な事を言うし、で 負けるだろうと思いながら、つい見てしまいました。イケエェー ウテェー と年甲斐も無く大声を上げながら・・・でも ヤッパリ負けてしまいました。 敗因はひとつレシーブの差です。キューバのあのボールを拾おうとする執念は日本チームの及ばない所でした。前からつくづく感じている事ですが、日本チームに一番欠けているのはレシーブ力です。どうしてかと言えば、レシーブの練習は辛く、苦しいので嫌だからです。この嫌な事を選手達に強制的にやらせるには、強力な指導力とカリスマ性が必要です。大松博文監督のような。残念ながら 今はそんな監督は居ません。だから 北京に行くのは無理でしょう。!?!

2007年11月14日水曜日

サブプライムローンで大損害!!



パグ犬です。このパグ君 仲々の役者で、カメラを構えると必ずこのポーズをとって、歌舞伎の役者みたいに見栄を決めてくれます。「音羽屋」!!

昨日 悪友(だち公)が来て、ひとしきりボヤいて行きました。 聞けば 株で大損したらしいのです。大手証券会社の営業マンに勧められて、退職金を全部突っ込んで買った株が大暴落、元値の半分になっちゃって、老後の事が心配で夜も寝られない と言う訳です。五つの銘柄を「絶対に値上がりが望めて堅いから・・・」と勧められて買ったんだけど、この所のプライムローンとドル安と原油高のトリプルプレーの影響で、見る見る内に五つとも転落の詩集になりにけりでした。下がり始めた時に、営業マンに言ったそうです「大丈夫か?この辺で止めた方がいいのじゃないか?」と。然し 営業マンは「大丈夫ですよ! 今に又上がりますよ!」と繰り返し言うのでツイ信じてしまった結果が・・・トホホホホとこの写真のパグ君の様な顔をして嘆いてました。

今 こう言う人がケッコウ沢山居るんじゃないでしょうか? 私は元々無くすものは有りませんから気が楽です。

2007年11月13日火曜日

世界の株暴落



今朝の頬かむり富士山です。毎日 嫌なニュースばかり聞かされて富士山も堪らないのでしょうか?

世界の株が暴落しています。アメリカのサブプライムローンの失敗が原因ですが、それを更に被害甚大にしたのが、アメリカ中の金の亡者達の軽挙盲動です。投機家と称する禿鷹達は血眼で儲け話を漁り、謀略・欺瞞の限りを尽くして跳梁跋扈しています。そこには当然の事で、モラルも人情などは無く、あるのは儲けた勝者と、損した惨めな敗者だけです。

何しろ アメリカは、人工のたった5%が富裕層で、国の富を独占しており、政治を動かして居るのです。残りの95%の人達は、たとえ1セントでも多く稼いで少しでも豊かな暮らしをしたい、と 日々喘いで居る訳ですから、言うなればアメリカは国全体が欲望の坩堝です。だからエゴイズムの塊になり、世界に迷惑のタネをばら撒いているのです。

日本の大手証券会社も、このサブプライムローンの尻馬に乗っかって、大損害を被ったらしいけど、馬鹿ですねぇー!!

2007年11月12日月曜日

諏訪湖・おみわたり



中央高速の諏訪湖サービスエリアから見た諏訪湖です。  湖面の色が、目に滲みるほど蒼く此処の売店のおばさんが言ってました。「今日ほど綺麗に蒼く見える日は珍しいですよ」そこで私が「此の頃 諏訪湖が凍結しなくなって、おみわたりが見られなくなったそうですね」と聞いたら「そうなんです。暖冬の所為です」とため息混じりに言ってました。

地球温暖化の影響が此処にもありました。

2007年11月11日日曜日

県立大学の学園祭・骨密度測定





今日は静岡県立大学の学園祭がありました。この学園祭はわりと人気で、大いに繁盛してました。
此処の看護学部で、毎年恒例の骨密度測定をしてますので、私達もやって貰いました(下の写真)。その結果はかなり良好で、私が25歳の年代に比べて96%、60歳の年代比106%、妻は88%、105%で、二人とも、とっても優秀ですと先生に褒められました。

続・松本城



松本城を見学している小学生達にボランティアの方が説明されてました。その説明がまことに上手で明解でしたので、つい傍聴させて貰いました。

その要旨 この城は 元々は戦国時代の末期、この地の豪族小笠原氏が此処に館を構えたのが始まりだと言われています。然し それは未だ今の様に天守閣は無くて、堀をめぐらした内に館が集まった程度のものでした。それを現在の様な天守閣を設け、城下町の整備をしたのは、石川数正・康長父子で1594年の事でした。これは 豊臣秀吉が、徳川家康を江戸に移封した時に、将来 家康が謀反をして大坂に攻め上ってくる事を想定して、中仙道の押さえとして石川数正を配置したのです。

この天守閣を建てるのには、大変な苦労がありました。それは 地盤が軟弱で、其のままでは高い建物は建てられないからでした。そこで 当時の技術者は、地面を15メートル程掘り、そこに太い松の木でイカダを組み、その上にシッカリと礎石を敷いたのです。その後4百年 今日までその姿を保っています。当時の技術の凄さが改めて感じられます。尤も 戦後少し傾いたので修復しましたが・・・この天守閣は凡そ1000?あります。それが今尚チャンと建ち続けている事を考えて下さい。説明を聞いている小学生達は、まことに熱心にメモを取りながら聞いていました。その様子を見ながら何処かの高級マンションの鉄筋が百何十本も抜けていたと言う話を思い出しました。抜けていたと他人事の様に言ってますが絶対に嘘です。意図的に抜いたに違いないでしょう。現代の技術者は昔の人に比べて酷すぎます。

2007年11月10日土曜日

蕎麦



長野駅構内の立ち喰い蕎麦屋です。信濃路は 月と仏と おらが蕎麦 と言うくらいですから、蕎麦は何処のお店で食べても美味しいのですが、私としましては断然お勧めなのが、この長野駅の立ち喰い蕎麦小菅亭です。此処のかけ蕎麦(¥300?)は絶品です。

過去 何回か訪れて、何軒もの蕎麦屋を食べ歩きをしました。確かにみんな美味しいお店ばかりでしたが、共通しての問題は二つ、先ず店員さんが無愛想な事。作家故司馬遼太郎「街道を行く」と言うエッセイの中に書いている通り、「蕎麦屋に入ったが、そこに居る店員が注文を聞きに来ない。声をかけたらナチスドイツの将校の様な顔で睨まれた」と言う怖ろしい光景描写がしてありますが、本当にその通りの経験を私も何度かしました。特に善光寺の仲見世に有る店屋に共通した現象でした。それとながい事待たされるのです。

だから 信州の蕎麦は食べたいけれど、お店に入るのが嫌でした。 然し 偶然 時間が無くて立ち寄った長野駅のこのお店(随分昔で、何年前か忘れました)の、おばさんが親切で、愛想が良くて、早くて、おまけに美味しいのでビックリしました。それからは、もう絶対に此処で食べる事にしました。たとえ車で行った時も、わざわざ駅東口の地下市営駐車場(30分無料)に入れて蕎麦をたべて、善光寺さんにお参りして、帰りに又寄って「又来たよ」と言ってかけ蕎麦を食べて帰路につくのです。

あのおばさんは御健在で溢れんばかりの笑顔イッパイに「気を付けて帰るんだよー!」と送ってくれました。

おばさんも元気でねぇー!

2007年11月9日金曜日

松本城



松本城です。善光寺にお参りして松本に泊まりました。翌朝 前日とは打って変わって目映いばかりの快晴のもと見学してきました。

この城は 戦国時代初期、小笠原氏が築いたのが創めと言われているそうです。凡そ500年の歴史になりますが、今の天守閣は豊臣秀吉の命令で、石川数正が関東の押さえとして配置された時に築きました。

実際に登って見ると階段が急な事と、六層になった各床面は非常に狭くて、精一杯詰め込んでも30人くらいで六層みんな集めても精々150人位しか入れません。だから いざ合戦となって、篭城戦をしてもたった150人では大した戦力にはならないでしょうに・・・

それより もっと判らないのは、こんな不便な建物で、どうやって生活したのでしょう。食料や水を地上から運び上げるのは大変な事だったでしょう。それよりトイレはどうしたのでしょう。 疑問を持つと聞かずには居られない性質なので、堪らず係りの人にききました。その人は誠に親切な人で、ニッコリ笑って答えてくれました。「此処からやります」指差されたところは銃眼でした。敵が石垣をよじ登って攻めて来た時、鉄砲や弓矢、そして石や汚物などを落として防ぐ穴です。「お姫様達も 此処からやったんですか」と恥を顧みずに聞けば「エェ・・・たぶん・・・」と苦笑してました。悪い事を聞いてしまいました。

と言うのも フランスのベルサイユ宮殿には来客用のトイレが無かったと言う話を思い出したからです。  昔 ベルサイユ宮殿で舞踏会があると宮殿の中庭がトイレに早変りしました。貴族のご令嬢達は、普段から運動不足で、ダンスを踊るとトタンに自然現象に襲われて、堪らず中庭に駆け込んで本懐を遂げたのです。その時 先客の偉大な遺品?を踏まない為に開発されたのがハイヒールだそうです。

日本のお城の方が未だましですね。!?!

2007年11月8日木曜日

善光寺



信州の善光寺に行って来ました。国宝 善光寺本堂です。今年は 現在の本堂が再建されて三百年記念の年です。 昔から 牛に引かれて善光寺まいり とか 信州は 月と仏と おらが蕎麦 で有名なお寺で、平日でしたが仲々賑っていました。 名物のお戒壇めぐり(ご本尊の安置された瑠璃壇下の真っ暗な地下回廊を通り、中程に懸かる極楽の錠前に触る事が出来ると、神仏のご本尊と結縁する道場)に入り、真っ暗の中を恐る恐る進んで、やっとの思いで極楽の錠前を思いっきりガチャガチャ触って出てきましたが、恐怖で汗ビッショリになってしまいました。きっと霊験あらたかではないかと信じてます。

善光寺の御開山は642年皇極元年 本田善光(ほんだよしみつ)卿が、この地に一光阿弥陀如来をお祀りしたのが始まりだそうです。それで あらゆる宗派を超越したお寺で、誰でもお参り出来るところから賑っているのでしょう。

次に お蕎麦ですが、その事についてはこの次のブログに書きます。

2007年11月5日月曜日

小沢一郎さん・・・不可解?

この人は、1991年に海部内閣が総辞職した時、時の自民党副総裁金丸信から「お前(総裁を)やれ!」と言われ辞退しました。更に 実力者の渡部恒三・渡邉美智雄・宮沢喜一等からも強く説得されたにもかかわらず固辞したのです。

その理由は、「自分は今49歳で若すぎる。自民党には自分よりも年上で、口煩い人達が沢山居て、とても努めきれる自信がない。!」というものでした。情けない男です!。今思えば この時 彼が辞退してくれて好かったと言うところでしょうか。!?!

そして1993年 自民党を離脱、新生党で細川内閣、羽田内閣の成立に加わり、また分裂して自由党を結成。又々1998年今度は自民党と連合して小渕内閣に加わり、1999年分裂。2003年に今度は民主党に参加して2006年に代表就任。誠に忙しい人です。

変説漢と言うべきか 「居るべき場所の定まらず」のジプシー男って奴で、或る時はAと組んで直ぐ喧嘩別れして、今度はBとくっ付き又別れ、次にCと言う具合にクルクル廻るスクエアダンスじゃないっ!!もう国政の場から去るべし!!

2007年11月4日日曜日

秋は夕暮れ・・・



この夕焼けは、清少納言の枕草子の一説を想い浮かべます。

秋は夕暮れ 夕日のさして 山の端いと近うなりたるに 鳥の寝どころへ行くとて 三つ四つ、二つ三つなど 飛び急ぐさえあわれなり・・・

どうして 秋の夕暮れはこんなに寂しいのでしょう? 春も 夏も 夕暮れはあるのに・・・

2007年11月3日土曜日

孫の誕生祝



昨日 孫1が10歳の誕生日でした。それで誕生祝いを何にするか随分と悩みました。

何しろたいていのオモチャは持ってますし、学用品もこれと言って欲しい物は無いらしいし・・・

そこで思い出したのが、先日食べて美味しかった新宿さぼてんのコロッケです。きたあかりの味が本当に美味しくて これだっと言う訳で家族4人分で16個買って持って行きました。

大喜びしてくれました!!。

2007年11月2日金曜日

ポール・ディベッツ大佐



この人 ポール・ディベッツ大佐、92歳で昨日亡くなったそうです。この写真はB-29爆撃機エノラ・ゲイに原子爆弾リトルボーイを搭載して広島に投下する為に出撃する所です。

そして 1945年8月6日午前8時14分、広島に投下、一瞬にして10万人もの何の罪も無い人々を殺した人です。

彼は 三年後 長崎を訪れて、街の様子を見て、「地面が曲がってしまっている」と言ってショックを受けたのですが、それでも「原爆を投下したのは、戦争を早く終結させる為に正しかった。それで 多くの命が救われた」と言って終生、自分の行為を正当化していたそうです。

アメリカ人の大半が、今でもその考えと同じです。だから スミソニアン博物館の野外展示場にエノラ・ゲイを復元展示して、「原爆投下によって、世界が平和になり、多くの命が救われた」と碑に書いてあります。これに対して日本政府も、マスコミも一声も上げないのは情けない限りです。!!!

po-ru/

2007年11月1日木曜日

今年の文字・・・予想



今日から11月です。早いもので年の瀬ももう直ぐです。毎年 清水寺管主が恒例の「今年一年を現す文字」は「偽」ではないかと予想します。

これだけ商品の偽装が相次いで発覚したり、厚生労働省・防衛省などの偽装工作が発覚したので、今年の文字は偽だと思います。嫌な文字です。

2007年10月31日水曜日

守屋武昌!!

こんな奴記事にするのも汚らわしいのですが、どうしても怒りが治まらないので・・・

讒官汚吏(ざんかん・おり)→「偽りばかりで、汚れ塗れの役人の事」この言葉は知ってましたが、まさか生きた本物が現れるとは思いませんでした。此れほど職権を乱用してタカリを欲しい侭にした奴は近来稀でしょう。江戸時代や、明治時代には記録が有りますが、女房も娘も含めてタカリ捲くったとは呆れてものが言えません!!。

宮城県・塩釜市の出身で、父は国会議員だたそうですが、父の名も、家族の名も、塩釜市の名も全部汚してその汚名を未来永劫に留める事にしました。

タカッタ金額は数百万でしょうが、これから失う金額は果たして幾らになるでしょう数千万?数億?

計り知れないものでしょう。そんな事、初めからわかって居なかったのかなぁー!?!

2007年10月30日火曜日

お母さん・・・頑張れ!!



ゆうせい君(1歳)とお母さんです。いつもの公園で出逢いました。もう可愛い事は例え様がありません。

でも たぶん、子育て真っ最中のお母さんには、この可愛らしさをジックリ味わえる程のゆとりは無いでしょう。授乳やら、おむつやら、あらゆるお世話で精一杯・無我夢中の奮闘で、この純粋無垢な可愛い表情を満喫する暇が無いほど忙しいのです。お母さんは本当に大変です。だから この激務は男では到底出来ません。やはり女性にはかないません。!

私も 正直に言えば、この様な幼児を心から可愛いと思えるようになったのは、自分の子供達が独立してからです。子育てを卒業して子供を見る目に余裕が出来てからでした。私も妻も、子育て真っ最中にはそれ所じゃありませんでしたから・・・
今の世の中は 私達の時代よりも余裕が無い様に思います。だから 今の若い人達は気の毒だと思います。特に女性が・・・若いお母さん達 頑張って下さい。!!!

2007年10月29日月曜日

ドクトル・ジバゴ



エスパルスドリームプラザの陸橋ドームから覗いた富士山です。いつも広々とした景色ですが、こんなアングルも一興でしょう。

今日は 1957年、ドクトル・ジバゴの作者、ポリス・パステルナークがノーベル文学賞を贈られたのに、ソ連(当時)共産党の圧力で辞退をさせられた日です。ソ連では発表出来ない原稿を極秘に持ち出して、イタリヤで発表しまして、たちまち世界中から絶賛され、遂にノーベル賞を贈られる事になった訳です。

ソ連当局から問題視されたのは、ロシヤ革命を批判した内容だったからです。医者ユーリ・ジバゴと恋人ララが第一次大戦から、ロシヤ革に至る激変期の運命に翻弄される物語ですが、革命によって人間は決して幸せになったのではないと言う部分がソ連当局の逆鱗に触れて、ノーベル賞を辞退するか、国外退去をせよ。と迫ったのです。

パステルナークは、「祖国を離れるのは死を意味する」と言ってノーベル賞を辞退しました。当時の情勢では、たとえ国外に逃げても、いずれ国家警察によって消されると承知していたからです。彼は この三年後に亡くなりましたが、ノーベル賞委員会は、彼の遺族にノーベル賞を贈ったそうです。

あの吉兆までが・・・



今年の初夏に行った 京都吉兆の前です。丁度外人女性が人力車に乗り込んだ所に声を掛けて写真を撮らせてもらいました。

この吉兆までがケーキ等の製造年月日の改ざんをしていたそうです。もう やめてぇーっ!!!と言いたくなります。老舗と言われる処が次々と音を立てて崩れて行きます。未だ々々出て来るのじゃないかと疑心暗鬼です。

最近の人は、歴史とか伝統と言った事柄を軽く考えてしまうのでしょうか? 食品にしろ、相撲にしろ先人達が何百年もかけて汗と涙でやっと繋い来た重い々々ものを、いとも易々と捨ててしまうのでは、余りにも勿体無いと同時に哀しみすら覚えます。

あの赤福などは、「その日限り」の三百年の伝統を守るのに、先々々代が独特の生産管理方法を作ったと言う門外不出の神話すらあったのです。或る経営コンサルタント等は「赤福こそ、生産管理の真髄だ!。見習うべきだ!」なんて言ってました。

それがインチキだったとは!?!・・あのコンサルタントは今頃どうしていますかねぇ。? お気の毒なのは、真面目にちゃんとやってらっしゃる老舗の皆さんです。今や 老舗と言われている処全部が疑われて居ますから・・・。

2007年10月28日日曜日

台風一過



昨日一日沢山の雨が降りました。だから今日はきっと富士山には新しい雪が積もっているだろう、と期待して清水港に行って見ましたら、見事に期待通りの姿が見られました。

此れを見ると 静岡に住んでいてよかったなぁとシミジミ思います。

2007年10月27日土曜日

吉田松蔭の命日

今日は 明治維新に大きな影響を与えた吉田松蔭の命日です。幕府の大老井伊直弼の安静の大獄で投獄され1859年の今日処刑されました。遺骸は小塚原刑場に埋められたのですが、1863年 高杉晋作等が掘り出して、今の世田谷区に墓を作りました。これが松蔭神社となってこんにち残っています。実は 私は何十年も前、此処で結婚式を挙げました。

さて 吉田松蔭ですが、この人の偉大なのは、死後148年を経た今も尚、日本人の心に影響を及ぼし続けている事です。松蔭が開いた松下村塾の塾生達から多くの人材が輩出したのは衆知の通りで、伊藤博文をはじめとして多数の総理大臣も出てますが、彼等の尊敬する人物は口を揃えて吉田松蔭と言います。

彼は非業の死を遂げたのですが、そのお陰で明治維新が成ったと言えるでしょう。 辞世の詩

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちるとも 留め置かまし 大和魂

2007年10月26日金曜日

NOVA・・・

とうとう破綻しました。そもそも此処の経営形態は、所謂ねずみ講と同じでした。新しい会員を入れて、其処から揚る入学金・月謝を運営資金にする。だから新しい会員をドンドン増やして行かないと何処かで行き詰るのです。更には 会員が増やすには、新しい学校を作り続け無ければならない・・・この悪循環の形態がねずみ講と同じなんです。言い換えれば新興宗教にも似てます。英語とか宗教とか形の見えない権威に弱い人達の泣き所を刺激する商売はあとを絶ちません。
英語も宗教も決してインチキではありません。それなりに役に立ってる人が居て、救われて居るひとが居ますから、その人達には有意義です。

でも被害者が出ます。何故でしょう。不思議です。その原因の殆どの要素は英語塾や宗教団体に頼りすぎなのです。

NOVAに入れば英語が出来るようになる。とか 教会に入れば救われる と 全く何も考えずに思い込んでしまい、本来自分がすべき努力を怠った結果、「だまされた」と言って泣くのです。

いったいどちらが悪いのでしょう???。

2007年10月25日木曜日

島原の乱



いつもの散歩道の公園にある池と四阿(あづまや)です。穏やかな夜明け 朝日が少し顔を出しました。

今日10月25日は島原の乱が勃発した日です。1637年 島原で一揆が発生、此れを称して島原の乱と言い、幕府がキリスト教を弾圧したのに反発した住民の老若男女が、天草四郎時貞を盟主として原城に籠城、幕府軍と戦って三万七千人全員が殉教したと伝えられる事件です。幕府軍が突入した時、城内は老人から女子供までみんな屍骸となっていて生存者は一人も居なかったと言われています。幕府は公式には宗教一揆と記録してますが、実際には藩主の圧政(年貢の過剰な取立てに、飢饉が重なった)に追い詰められた農民達が已む無く蜂起したものです。その中に沢山のキリスト教徒が居まして、天草四郎をデウスの生まれ変わりとして盟主に祀り上げたのです。 藩主 松倉勝家と支藩主寺沢竪高は自分の失政を隠すため農民一揆を宗教一揆にすり替えてしまったので、こんにちその様に伝えられてます。

然し 生存者が一人居ました。 幕府軍と内通していた山田右衛門作です。幕府軍の総攻撃の情報を得るとコッソリ城を脱出しました。城内の全員が死んだと聞いて良心の呵責はなかったのでしょうか 卑怯者!!

2007年10月24日水曜日

商社の接待

防衛省の元事務次官の汚職振りがボロボロと出てきました。一応 永年商社に勤務した者として告白しますと、商社は接待費なしでは商売が出来ません。!!

商社が商売をするには、情報・知識・人脈と言ったものが武器です。この内 情報・知識と言うものはITが発達した今日、それを独占するのは困難ですから、最後に頼れるのは人脈という事になります。その人脈作りに最も有効な手段が接待です。それには金がかかります。際限なく必要なのです。然し 交際費には予算という枠があります。税金もかかりますし、何と言っても領収書が必要です。それを逃れる方法として裏金をつくり、それで領収書の必要無い事柄(ゴルフ・飲食・諸々・・・)に使うのです。そして抜き差しならぬ人脈をつくります。

私は 官公庁の担当では有りませんでしたが、官公庁を担当すると、大変らしいと聞きました。 何しろ お役人様の接待は向うから公然と要求して来るそうです。例えば ゴルフに接待しますと、スーツにネクタイで道具も何も持たずに来ると言います。つまり ゴルフセットからシューズ、ウエアから帽子・靴下・バッグと何から何まで一切合財を買い与えて、おまけにプレー代、夜の飲食代、そして帰りのお車代まで・・・占めて50万から100万位かかる事がある、と 或る担当者の友達の友達の友達から聞きました。それでも何千万・何億の商売が出来れば安いもんだそうです。 勿論領収書はとれませんし、お金は交際費の枠からは出ません。つまり裏金です。

その裏金の作り方が問題です。全部仕入先に出させるのです。「その一 仕入れ価格に裏金分を上乗せして、後でそれをバックさせる。」「その二 今 大きな商談の取れそうなのがある。それを取れたら払うから・・」と人参をチラつかせて出させる」取れなきゃパーです。

一時 商社は諸悪の根源だと言われて私も肩身の狭い思いをしました。ちょうど田中角栄・日商岩井のロッキード事件の時です。それでも商社はその遣り方は変えませんでした。他に生き残る方法がないからです。今後も多分変えられないでしょう。

魚心あれば水心ですから・・・。

2007年10月23日火曜日

赤福の工場長 哀れ・・・

赤福の工場長が「一連の偽装工作は、全て私の一存でやりました」と言って涙の記者会見をしていました。 絶対にそんな事は有り得ません!!!。

老舗の凡庸なお坊ちゃまを庇って番頭さんが犠牲になる その古風なお芝居が見え見えです。

あれだけの大掛かりな偽装システムを工場長の一存で出来る筈はないし、第一300人もの従業員が知っている事を社長が知らないなんて奇跡としても存在しません!。もし そうだとすれば、社長は飛んでもないボンクラ!と言う事になり、かえって恥の上塗りじゃありませんか。気の毒ですが、工場用が わが身を犠牲にしてまで会長・社長の濱田家を守るのは間違いです!。 今 本当に守るべきは従業員300人の生活です!。濱田家なんかどうなってもいいじゃないですか!!。

だから 一日も早く赤福の信用を取り戻し、従業員が安心して働けるようにするのが、本来の工場長の責務です。頑張って下さい!!!。

2007年10月22日月曜日

母子家庭

厚生労働省の把握している母子家庭は全国で123万世帯といいます。そんなに有るのか!とビックリしました。問題は その母子家庭の援助体制です。当然ながら働かなければ生活出来ません。幼い子供を抱えての就労は世の男たちの想像を絶するものがあります。私の娘も教員として働いています。家事の一部は旦那が手伝ってくれる様で、助かってますが、それでも「大変だぁ!疲れたぁ!!」と愚痴ります。そうでしょう母・妻・教員の三役をこなすのは楽ではないでしょう。

母子家庭は母と会社員を兼任です。旦那が居ませんから妻の仕事はないので気楽だ、と言う人も居ますが、子供にしてみれば父が居ないというのは実に心細いのです。父親参観日とか運動会とか学校の催事、町内の催事などに父親が居ない為に引け目を感じたり、虐められたりして大人が思うより遥かに深刻です。

子供にはその様なストレスがありますが、母親には会社の仕事や人間関係で様々なストレスがあります。 それらが毎日ぶつかり会っていると、つい 言葉が荒くなったりして益々親子のストレスが膨張して行きます。 然し 現在の日本社会ではどうにもなりません。

厚生労働省は母子家庭への支援は、児童扶養手当と就業支援事業をしていますが、これは母子家庭サイドだけを見ていて片手落ちです。職場の方に有る問題を解決しなければいけません。

先ず 子供はよく突然病気をします。本当に呆れる程に病気に罹ります。勿論放っておけませんし、子供一人で病院に行けませんから、母親が会社を休んで病院に行きます。行けば半日か一日仕事になります。会社では、リストラを遣りすぎて人員はギリギリで動いてますから余裕はありません。結局周辺の人達がカバーに廻りますから負担になります。度重なればつい「またか」と言う声が出てしまいます。これでは本人も、周囲の人達も堪りません。が これが日本社会の現状であり、諸悪の根源です。!!

此処を改善しない限り根本的解決はありません。  日本式の徹底的に無駄を排除すると言う会社経営を改めて余裕を持たせた経営が出来る環境作りこそが、根本的且つ恒久的解決策です。経営者達がもっと知恵を絞りあってお互いに余裕を持てる努力をする事、そして 厚生労働省はその経営者達を支援・教育する事が急務に必要です。そうしないと 女性が子供を産めなくなり、少子高齢化は進み、GDPは減り、深刻な不況が永く続き、犯罪が増えて想像もしたくない世の中になるでしょう。!!

2007年10月21日日曜日

フリーマーケット



今日はお天気に誘われて清水港に行きましたら、フリーマーケットをやってました。画面奥の方に薄っすらと富士山が見えます。普段ひとけの少ない埠頭に大勢の人が集まって居るのを見ると、何だか嬉しくなりました。 日頃からつくづくこの街の寂れ行くのを嘆いて居る者としては、人通りが少なく、灯かりも少なくて暗い街が、年々歳々寂しく暗くなり、お店が次々と閉店になって行くありさまは辛いものです。コンビニもスーパーも次々とつぶれて夜も7時を廻れば街は真っ暗です。いったいこの街の住人達は何処へ行っちゃったのでしょう?。この街はどうなっちゃうのでしょう!???

今日 このフリーマーケットを見て、少し安心しました。何処から湧いて来たのか人が大勢居ます。ヤレヤレ未だ々々この街には人が住んでました。

2007年10月20日土曜日

吉田 茂 の 命日

今日は 戦後の1947年 内閣総理大臣になった吉田 茂の命日です。敗戦後の絶望的な日本を何とか復興させる事が出来たのは、良くも悪くも、やはり吉田 茂の力が有ったと言えるでしょう。敗戦国の首相として、戦勝国のGHQマッカーサー元帥とのやり取りは、決して怯まず、臆する事無く、五分と五分の立ち回りをしたのでうす。この人は やはり只者ではなく、現在の政治化達は足元にも及ばないでしょう。英語が堪能だった彼は、GHQの理不尽な要求を断固として退かず、国民の危機を何度も救ったと言われています。

一方 吉田 茂は、その力が有るが故に強引な政治運営をして、ワンマンと言われました。最大の汚点と言えるのは、造船疑獄と言う汚職事件で、時の幹事長佐藤栄作(のちの首相)が東京地検に逮捕されそうになった時、法務大臣に命じて「指揮権発動」させ、操作打ち切りをさせてしまった事でしょう。もし この時佐藤栄作が逮捕されていたら、彼はのちに総理になる事も、ノーベル平和賞を貰う事は無かったかも知れません。

そして 有名な「バカヤロー解散」です。右派社会党の西村栄一議員が国会本会議で、「総理の国際情勢の見方は楽観的過ぎるのじゃありませんか」と質問したのに対して、吉田総理は「アイゼンハウアー大統領も、チャーチル首相も同じ考えであります」と答えました。  然し西村議員は更にしつこく「あなたの考えを聞いているんだ」と食い下がりましたので、遂にアタマにきた吉田 茂は「バカヤロー」とやってしまったのです。それが問題になって衆議員解散となった訳です。

それでもこんにち吉田 茂が偉大な存在と言われるのは、やはり現在の政治家達が小さくて情けない人達ばかりだからでしょうか!?!

2007年10月19日金曜日

父兄参観日



昨日 孫(小1)の父兄参観に行って来ました。この写真は 授業が終わって親と先生の懇談会に出ているお母さんを待っている子供です。廊下に座って熱心に読書をしていました。

孫を我が家に連れて来て、宿題をして、食事をして、テレビを見て、7時まえになったら突然孫が慌てだしました。訳を聞いたら、先生が夜は八時に寝なさいと言ってるからだと言うのです。

つまり、宿題をちゃんとして、夜は八時に寝て、忘れ物をしないと、先生がおりこうさんシールをくれるのだそうです。「ボクは まだ3枚しかないの。多い子は30枚以上も持ってるョ。だからガンバラナキャ」と言って家に帰って行きました。自己申告ですから多少の遅れが有ってもいいのじゃないかと私が聞きましたら、「ダメッ 一分でも遅れちゃダメなの。ボクは先生にウソは言えないんだから・・・」と言われました。トホホホ恥ずかしい 子供は天使ですね。どこぞの国のお役人さん、会社の経営者さん 少し見習ったら!!!

2007年10月17日水曜日

まずい米 おいしい米

先日 安売りのチラシ広告につられて買って来たお米が超まずいのです。! 関東地方の某県産で、兎に角 10kg¥3,900でしたので ホイホイ喜んで買って来たのです。  何しろ私は お米大好き人間で、ご飯さえあればおかずなんか要らないのと言うスコブル付きのお米好きです。

ところが この米が超まずいのです!!。噛めども、噛めども飲み込めません。喉が拒否反応を起こします。参りましたぁー!  なんせ10kgも買っちゃったんですぅ観念してセッセと食べましょう。

今までに食べたお米で特筆すべきおいしい米は宮城県産のササニシキでした。
息子が高校生の時、仙台の東北学園にサッカーの遠征に行きまして、その帰りに買って帰った本場のササニシキですこれは美味しかったなぁー!!。

2007年10月16日火曜日

団塊の世代

昨日 以前の部下だった人が遊びに来ました。三十八年勤めて部長職になり、先月目出度く定年退職して、今は家で毎日ブラブラしてて暇で暇で困っているそうです。

私が現役時代 彼の上司として色々指導をして来ましたが、所謂団塊の世代で、指示された事はするが、自分から発案・行動する事は出来ないで、いつもそれを私に叱られていました。他力依存症ってヤツで、問題が起きた時の対処能力が欠如していますので、その度に相談に来ては私から「君ならどうするのが最善か?、次善は?」と提起されて苦しんで居たのを思い出します。    三無主義 無気力・無関心・無責任と言われた彼等にはホトホト手を焼いたものでした。それが部長まで昇進出来たのは日本式年功序列の賜物でしょうか?

それでも彼は、会社が再雇用とか、雇用延長をしてくれる様望んでいたのですが、経営者は甘くはありません!。私も一応経営者を経験した事から言わせて貰うと、団塊の世代の人達には一刻も早く辞めて欲しいのです。そして若い世代と交代させて会社を活性化したいと切実に考えているのです。

今の30代・40代の人達は、団塊の世代よりも遥かにモチベーションが高く、考えも柔軟で素晴しい能力があり、更にそれを伸ばそうとしています。それを阻害しているのが他ならぬ団塊の世代です!。だから一刻も早く辞めて欲しいのです!!。

2007年10月15日月曜日

赤福が誤魔化し!?!

赤福は1707年お伊勢参りの人々の真心を尽くしてみんなの幸せを喜び合う⇒赤心慶福に由来して売り出された300年の伝統を誇るお伊勢名物でした。

その300年の伝統と名誉をアッサリ捨て去る事をやってしまいました。二つの誤魔化しをしたのです

一つ目は 製造年月日の誤魔化し。

二つ目は 原材料表示の誤魔化し。

両方で 300年の重い々々歴史と伝統をいっぺんに吹き飛ばしてしまいました。今迄 営々と築いて来た先人達の汗と涙の努力を、300年分の努力をこんな風にブッ飛ばされては、多くの先人達は泣いても泣き切れないでしょう。可哀想でなりません。!!

何より驚いたのは、冷凍保存をしていた事です。それも消費者に黙って35年も以前から。それに原材料表示の誤魔化しなんて呆れてものが言えません。  濱田益嗣会長 あなたは何をしていたんですか信用を築くには何十年と言う永い時間がかかるが、失うのは一瞬だと言う諺がありますが、300年もかけた、掛替えのない尊いものを失ったのです。
思い出すのは 出張で伊勢市に行った帰り、夕方の赤福でお土産を買おうとしたら売り切れでした。お店の人に聞いたら「赤福は300年も前からその日限りで商売しています。今頃来ても ありませんよ!」とピシャリと言われて何だか惨めな思いをした事です。 でも 今から思えば、あの時 既に冷凍保存をしていたじゃないですか!! 嘘吐き!!

2007年10月14日日曜日

強打者!?!



今日 孫のソフトボール試合の応援に行ってきました。この写真の打者は対戦相手チームのトップバッターです。身長は140?位でしゃがんだキャッチャーと同じくらいの高さです。だからピッチャーが必死に投げてもストライクが取れません。二打席とも四球で出塁しました。そして出塁したら走るヮ走るヮ チョコチョコ二塁まで行ったかと思ったら、すかさず三塁までチョコチョコっと走ります。更に二度とも味方の内野ゴロでホームインして見事2得点です。 イチロー選手も顔負けの大活躍でした。

2007年10月13日土曜日

テロリストだけが悪か!?!



日本平動物園の虎です。陸上の哺乳類では最も強いと言われているそうです。

昨夜 テレビで「太田総理・・・」と言う番組を見ました。お笑いタレントがマニュフェストを提起して討論するのですが、何処までが真面目で何処までがお笑いなのか解りませんから、たかがお笑い芸人が、何をコイテ ケツカルと思って何気なくみていました。

昨夜のマニュデストは「私は テロリストを攻撃しません」と言うものです。その論拠に「一理あり!」と感じました。 それは テロは悪であり、何が何でも根絶しなければいけない と言うのは アメリカの勝手な理屈であり、テロリストには彼らの信念があって、アメリカこそが悪であると確信して戦っていると言うのです。

これには私も賛成します。 9.11同時テロでアメリカはテロリストに報復すると言う口実を正当化して、アフガニスタンに侵攻しました。次に 大量破壊兵器を保有していると言いがかりを付けてイラクに軍事侵入しましたが、アフガニスタンではお目当てのビン・ラーディンを取り逃がし、イラクには大量破壊兵器はありませんでした。然し これ等の侵攻で犠牲になった何の罪も無い一般市民の数は、アメリカは敢えて発表しませんが、何十万とも、百万を越すとも言われています。 こんな事をしたアメリカの何処が正義でしょう。此方の方が悪じゃありませんか!!!
ビン・ラーディンがテロをした原因は、アメリカの強引で独善的なアメリカ式民主主義の押し付けに反発した為です。そこに考えを致そうとせず、それを絶好の口実として戦争を始めるアメリカ人は、例えようも無い馬鹿で悪魔だと言えるじゃないでしょうか???
だから テロリストよりもアメリカの方が悪です!!!

2007年10月12日金曜日

男と女



今朝は秋の朝の富士山が久し振りに見えました。
さて 今日は御伽噺です。
 人類誕生の時、創造の神様は男と女をお造りになりました。そして 男には馬鹿力を、女には狡猾な知恵をお与えになりました。
 男は馬鹿ですから、喧嘩・争い・戦争をします。
 女はそんな男を上手におだてたり、宥めたりと、知恵を遣ってコントロールして何とか平和を保って来ました。

ところが この所 女が忙しくて男の面倒を見て居られなくなってしまいました。つまり、女が「自立する」と称して仕事をバリバリやりだしたのです。仕事なんか男に目イッパイやらせておいて、自分は楽をして居ればいいのに・・男のケツを引っ叩いて「あなたは有能なんだからもっと働けぇもっと働けぇ」とおだてて追い立てまくれば男は馬鹿ですから頑張っちゃいます。 もし 疲れ果てて病気で死んじゃったらサッサと新しい男と再婚すればいいんです。
だから 女は自分でシャカリキに働く事はないのですが、どうして神様が与えて下さった「狡猾な知恵」を遣って男を操らないのでしょう?。勿体無い!!

2007年10月11日木曜日

素敵なお婆さんの死



黒米です。草薙神社の近くの田圃で今年もたわわに実りました。神社の神事にお供えするのでしょう。

今朝 ご近所の訃報を聞きました。八十七歳になられたお婆さんが昨夜12時に亡くなられたそうです。   この方は、上品で、いつもニコニコとして此方の挨拶に、ゆっくり丁寧にお辞儀をお返しになり、あとで何とも言えない穏やかな空気を残して下さる素敵なお婆さんでした。
そんな素敵なお婆さんが五年程まえ、突然認知症になられて入院されました。我々外部から伺う限りでは全然その様には見えませんでしたが、入院される半年前、デイ・ケアサービスへ通院を始められた頃、外でお逢いした時のご挨拶や、言葉の受け答えなど誠にしっかりして居られたので、まさか認知症だなんて信じられませんでしたが、娘さんの話では色々ご苦労が有ったようです。そして 食事のそしゃくや嚥下が困難になり、昨夜お亡くなりになりました。 今でも あの上品な笑顔が忘れられません。 合掌。人として、亡くなっても何かそんな風に他人の心に残る様な生き方をしたいと思います。

2007年10月10日水曜日

チェ・ゲバラ



今年もお茶の花がボチボチ咲き始めました。

昨日10月9日は 革命家チェ・ゲバラの命日でした。アルゼンチンの比較的裕福な家庭に生まれながら、キューバのカストロ議長と協力して独裁者バティスタを追放してキューバ革命を成功させた英雄です。然し 革命成功後は、彼の理想主義と実践主義、更には修道僧の様な潔癖主義が周囲の人達に受け入れられず、キューバを去り、アフリカのコンゴやボリビヤと自分の働き場所を探しましたが、いづれも現地人達のモチベーションの無さに失意の日々を送り、最後には見方の裏切りで、政府軍に逮捕されて、処刑されたのが1967年10月9日で、丁度40年になります。彼が英雄と称されるのは、その悲劇的最期であるとともに、彼の行動が率先垂範で道路を作るための土運び、とか農業の開墾などを先頭に立って働いた事です。でもそれが却って彼の周囲に居る偉い人達には鬱陶しくて次第に孤立していったのです。偉い人達は楽をしたがりますから・・・

ゲバラが英雄と言われる様になったのは、彼の死後で、ジョン・レノンなどは彼の事を「人類で一番かっこいい男」と称えたそうです。いつの時代も英雄が認められるのは死んでからですね。