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2011年6月1日水曜日

萬葉集から古今集へ

 「萬葉集から古今集へ」昨日の岡崎先生の講義は、愈々萬葉集から古今集へと時代が移ります。萬葉時代から凡そ150年を経て、平安時代に古今集の時代になると、決定的な変化が現れます。仮名文字が発明されて、文章の表現技法が飛躍的に発達します。萬葉時代は全部漢字で書き表わされて居ましたが、漢字は表意文字です。其の為に表現出来る事象に制限されて、此れは作者も読み手も誠に不便でした。
 それ故にこそ仮名と言う文字が発明されたのですが、仮名は表音文字です。だから文章の表現技法が飛躍的に発達しました。そして和歌のみならず、源氏物語、枕草子と言った文学の分野も生まれて来ました。つまり 延喜五年(西暦905)に生まれたと言われる「古今集」は、仮名文字の発明と、文章の表現技法の発達を言う意味で画期的な歴史と言えるでしょう。
 ところが 明治の文豪 正岡子規は、「古今集は下らない!」として、特に其の編纂の中心人物の紀貫之は誠に駄目な詩詠みである と 決めつけて居ます。それは 萬葉時代の詩には無かった<見立て><掛け言葉><縁語>と言う技巧に奔りすぎて、本来の詩の姿を失って居る、と言うのです。
 確かに 現代でも、新しい言葉(IT語など)がドンドン遣われて来まして、従来の和歌とは違うニュアンスの詩が詠まれて居ます。本来の日本語の美しさを大切に思う人から見れば着いて行けない気持ちになるでしょう。
 萬葉時代の人が、古今集を見てガッカリした様に、正岡子規が古今集にガッカリして、現代人は現代語や横文字の氾濫ににガッカリして・・・段々日本の美しい言葉が壊れて行く見たいです。

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