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2012年3月25日日曜日

妻が退院!

妻が退院しました!。脳梗塞で倒れ 入院生活55日、永い永い闘病生活でした。と言っても未だ全快した訳ではありません。これから自宅での闘病生活が続く夫ですから、やっと一区切りと言う所です。然し 此れもお医者さん、看護師さん達の献身的な看護のお陰と深く感謝して居ます。有難う御座います!!
 昨日 病院から帰宅しまして、入院中に病室に持ち込んだ諸々の品物、洋服やら生活物件を今日整理しましたが、まぁ有るゎあるゎ!一体此の物を何処から持ち込んで、何処に仕舞って居たのか!?!と途方に暮れる程の量に呆れるばかりでした。女の持ち物とは男の感覚では理解できないものです。今日はその為に丸一日を費やしてクタクタになり、入院生活の如何に大変な事かを感じ入った次第です。
 妻の入院中に、色々な感じた事や、出逢った人達の面白いエピソード等が沢山ありまして、此のブログに直ぐにでもアップしたいと思いますが、今日は大変疲れて居ますので、あす以降に致します。

2012年3月10日土曜日

妻の闘病記 5

「妻の闘病記 5」私は 毎日病院まで妻の付き添いで行きます。と言っても看護師さんが付いて居ますから大した事はしませんが、其れでもリハビリステーション迄の送り迎えとか、売店まで飲み物やオヤツを時々買いに行ったりして、出来るだけ妻の傍に居て時間を伴に過ごす様にして居ます。
 病人は 只寂しくて 誰かに何か相手をして欲しいものです。其れくらいの事ならと、毎日セッセと病院に行って話し相手をしてやります。冗談を言ったり、思い出話をしたり、他愛の無い事ですが、これがケッコウ薬になる様で、先生も頻りと励ましてくれます。お世辞でしょうが「ご主人の熱心さが奥さんの力になります」と言われて そうかな?と思います。
 そう言えば 入院患者の中には 誰も全然見まいに来ない人も居ます。色んな事情が有っての事でしょうが、なんだか哀れで気の毒です。そんな患者さんが食事の盆を引っ繰り返したり夜なかに喚いたりして医者や看護師の手を煩わせるのです。きっと寂しくて 誰かにかまって欲しいのでしょう。

2012年3月8日木曜日

妻の闘病記 4

「妻の闘病記 4」 妻が入院して40日なりますと、色々の事が耳に入って来ます。驚いたのは昨日の朝退院して行った患者さんが、昨日の内に又救急車で運ばれて病院に戻って来たと言うのです。然も 此の患者さんはそう言う事が初めてじゃ無くて、今までに二度も有り、今度で三度目だと言いますから呆れて仕舞います。
 此の人は 認知症でおまけに重度の糖尿病で、病院側としても完治の見込みが無く、徘徊はするヮ食べ物を引っ繰り返すヮで、医者も看護師も手に負えずに困っているのです。勿論 家族も厄介者扱いで、病院を<姥捨て山>にしているらしいのです。何度も退院のために患者の引き取りを要請しても家族は顔も出さないといいます。やっと昨日病院側で車を出して自宅へ送り返したら此のザマで、どうにもんりません。
 病院としても困りますから、「退院勧告」をして養護施設などへの転院の要請をするのですが、養護施設と市立病院とでは入院費が格段に違いますから、無理矢理退院させても今回の様に救急車を呼んで病院に逆戻りさせて仕舞うのです。
 看護師長も「こう言う場合 どうしたらいいのか?困って仕舞います」と嘆いて居ました。市立病院ですから 市民の税金で運営して居る訳で、市民が病気で困っている場合は入院医治療を拒否できません。然し こんな形で病院を利用されたのでは、善良な一般市民としては誠に困った事です。

2012年3月7日水曜日

妻の闘病記 3

「妻の闘病記」 妻が入院して居る病院に物凄~クく可愛い看護師さん>が居ます。決して美人じゃありませんが、いつもニコニコして居て、なでしこジャパンの宮間あや選手の雰囲気を持った可愛い子ちゃんです。
 まだ正看護師になって一年だそうで、何を頼まれても決して嫌な顔をせず、ナースステーションと病室をコマネズミの様に飛び回って居ます。矢張り 患者さん達からも大変愛されて居て、未来(はるか)ちゃん、未来ちゃんとお声が掛かりますと「ハイ!」と大きな声で返事をして、鼻の頭に汗をかきながら走って行きます。
 彼女の其の姿と明るい笑顔を見て居ると、其れだけで元気が出て来て病気が治りそうな気持になります。
 患者さんの下(しも)の世話から食事の世話まで大変な仕事です。其れでも嫌な顔ひとつせず、「食べたら 出て来るのは自然の摂理ですから・・・」と言いながら淡々と作業を進めて居ます。患者にして見ればさぞ恥ずかしい思いをしている事でしょうが、その様に笑顔で淡々とされるとホッとして、救われた気持ちになるのでしょう。
 他にもベテランの看護師さんや、頗る美人の看護師さんも居ますが、もしも自分が患者になったら、美人の看護師さんには恥ずかしくて下(しも)の世話なぞして貰えません。ヤッパリ未来(はるか)ちゃんにお願いします。偉いですねぇ~未来ちゃん 尊敬します。

2012年3月6日火曜日

妻の闘病記 2

「妻の闘病記 2」病気との闘いは 結局の所本人の<生きたい!>と言う執念と言うかモチベーションの勝負だと思います。
 いくら医学が発達しても、いい薬が出来ても、所詮は本人が<生きたい!>と望んで<生きる事>を努力しなければ全てが無駄になる、と 今回の妻の入院でつくづく思い知らされました。
 其れが顕著に感じたのが、体の機能回復の為に行うリハビリをして居る人達を見て居て、其処で励んでいる姿を観察しながら痛感しました。
 リハビリはしんどい、とか 痛みを伴うとか、決して楽なものでは無く辛いものです。然し 誰の為でもなく、自分の為だけの物です。だから 理屈もヘチマも無く、ただ黙々と歯を食い縛って続けるしかないのです。其の結果 徐々に機能の回復が見えて来た時に<生きたい!>と言う悲願が向こうの方に微かに見えて来るのです。
 然し 聞く処に依れば 途中で「リハビリはもう嫌だ!」と言って投げ出す人が多いそうです。折角<もう少し頑張れば・・・>と 願って先生方も励ましますが、モチベーションを失って仕舞った人は万事窮すと言う事です。折角 神様から与えられた命なのに、勿体ないと思いますが<生きたい!>と言う執念を持ち続けられないのでしょう。

2012年3月5日月曜日

妻の闘病記

「妻の闘病記」 私の妻が脳梗塞で倒れてから早くも36日になりました。倒れた場所が誠に幸運にも、病院に向かう途中で、そして偶々病院の当直医の先生が脳外科の専門医で、直ぐ緊急手当をして直ぐ入院と言う、まさに奇跡的幸運とも言える初動処置が素晴らしかったので、今では医者も驚く程の回復をして居ます。
 入院当初は ベッドに縛り着けられて、身動きも出来ず、薬の所為で幻覚をみて、有らぬ事を口走り、その様子を見て私は途方にくれました。「家に帰る!」と言ってベッドから降りようとしたり、「どうして自分が此の様な目に遭うのか!?!」と喚いたりして、医者も看護師も手を付けられず、私に落ち着くまで病院に泊まり込んで欲しいと要望されました。
 仕方なく 私と娘と交代で六日間程止まり込みました。然し 付き添い様のベッドは狭く、寝返りも打てませんし、一時間おきに妻が何か言いますので、とても熟睡は出来ませんでした。
 七日目にようやく落ち着きましたので、漸く我が家に帰り寝る事が出来ましたが、其の間は疲労困憊で大変でした。と言っても当の本人は其の事を全く覚えて居ないのです。
 今年の冬はとくに寒くて、毎日病院迄通うのは誠に辛いものが有りましたが、妻はもっと辛い思いをして居るのですから愚痴は言えません。
 二月の下旬からリハビリが始まりまして、みるみる体の機能が回復して来ました。此れはリハビリの先生が熱心で、非常に上手に指導して、患者のモチベーションを高めて下さったお陰です。本当に有り難く感謝して居ります。お陰さまで今では車椅子を卒業して、歩行器で歩く練習が出来る処まで来ました。
 此の侭順調にいけば、三月十五日に脳のバイパス手術をして、三月末頃に退院出来る見通しになりました。以上が「妻の闘病記」の中間報告です。

2012年2月21日火曜日

脳梗塞

妻が脳梗塞で倒れました。今年1月27日の事です。私が別件で静岡市立病院の診察を受けに行く為に病院に向かう途中、静鉄新静岡駅(セノバ)で電車を降りたトタン妻がホームに倒れて仕舞いました。そこで急遽市立病院に行きまして、其の侭入院になりました。
そして三週間 つきっきりでの看病が続きまして、パソコンに向かう時間も取れずブログの更新も出来ませんでした。
 幸いお医者さまも、看護師の皆さんも優しく、親切でして幸せな入院生活を送って居ります。そして病状も思いの他軽くて、リハビリも必死に取り組んで居ますので三月中には退院の目途が立つのではないか?と言う観測です。
 暫くは ブログも途切れ途切れに成りがちですが、頑張りますので見守って下さい。