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2007年8月24日金曜日

三井越後屋

三越と伊勢丹が合併します。三越と言えば江戸時代1673年、江戸日本橋本町(今の日銀新館あたり)で間口9尺(約3メートル足らず)の仮店舗をオープンさせた三井越後屋呉服店から、330年の歴史を経て来た我が国最老舗の百貨店です。

何と言ってもこの店の創業者三井高利(たかとし)と言う人が偉大でした。彼は伊勢・松坂の人で、52歳で江戸に来てこの店を立ち上げた訳ですが、当時の江戸の呉服・反物の販売は、店の者が見本品をお客の屋敷に持って行って見せ、注文を貰って後日商品を届けると言う屋敷売りで、その客筋の大名屋敷や大店などは既に前から有る大店が全て抑えていまして、三井越後屋の入り込む隙はありませんでした。普通ならここで尻尾を撒いて松坂に帰るところですが、三井高利は違いました。大名や大店ではなく江戸の庶民を客層にしようと考えたのです。

そこで その当時では、全く常識破りの新しい販売システムを考え出しました。「店前正札現銀無掛値」「小裂何程承候」つまり 店先にある商品は正札通り、いっさい掛け値をしておりませんので、いくら値切られても値引き出来ません。したがって現金でお買い上げ下さい。またご希望に応じて如何様にも切り売り致します。

当時は 商品に正札を付けるなんて有り得ませんでした。全て商人と客の駆け引きで、然も支払いは盆暮れの掛売りですから、値段はその分のリスクを含んだものを商人側が旨く付けて居たのです。また 呉服・反物を客の希望通りに切り売りする、なんて破天荒と言うより無茶苦茶なアイデアでした。

ところが これが江戸庶民のニーズにヒットしました!!。 庶民には高価な呉服・反物は手が届きません。でも「掛け値なし」のリーズナブルな品物や、切り売りの品物は買う事が出来ます。元々ニーズが有りながら高価だったり、店側の高慢な商法に不満を抱いていた庶民が殺到したと言います。なかには評判を聞いて乗り換えてくる大名もあったそうです。

それから330年 今 三越はライバルの「伊勢屋丹兵衛」と手を組んで生き残りをはかろうと苦渋の選択をしました。三井高利はどんな思いをしてるでしょう。!?!

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