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2010年1月24日日曜日

検察官

人が人を裁くと言う事は、何と難しいことか!!と今度の足利事件の菅谷さんの姿を見てつくづく思いました。菅谷さんは、再審裁判で、自分を無実の罪に陥れた検察官に向かって「謝罪をして下さい!」と何度も迫ったのですが、其の検察官は遂に謝罪はしませんでした。然し 此れは検察官としては当然の事でしょう。当時に於いて与えられた捜査資料や、技術的に未完成であったと今でこそ言えるDNA鑑定を、17年後のこんにち誤りだったからと言って「謝れ!」と言われても、又謝らないから「あなたの人間性を疑う!」と言われてもそれは検察組織の威信にかけても出来ないでしょう。
 勿論 菅谷さんの気持ちはよく分かります。17年余 無罪でありながら獄に繋がれて人生の大半の時間を奪われた身としては、謝って貰うだけも済まないでしょう。我々の想像を絶する苦しみ・悲しみが有ったと思います。訥弁で回らない口で精一杯の叫びでしょう。「冤罪」の作り出して仕舞った非情に悲しい事件です。
 一方で同じ検察官でも 人間性溢れる人も居ます。山口県光市の母子殺害事件の山口地裁の検察官は、被告の少年に無期懲役の判決が下った時、死刑判決を望んで止まない被害者遺族の本村洋さんが、絶望の余り生きる望みを失って、「死にたい!」と思って居ました。愛する妻と子供を殺され、尚且つ犯人が全く反省の姿勢を見せないので、死刑以外に考えられない!と思って居たのに「無期懲役」の判決で、落胆絶望したのです。
其の時 検察官は 絶望して無気力になった本村さんを励まし続け、説得して 最高裁で差し戻し判決になり、広島高裁で遂に死刑判決を勝ち取りました。此の検察官の熱意は人間味溢れるものと言えるでしょう。 

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