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2010年10月8日金曜日

大沢親分



 大沢親分が亡くなられました。独特なキャラクターで大好きな人でした。今年は有名人が沢山亡くなられます。何かの巡り合わせでしょうか?
 大沢親分で思い出しますのは「長嶋事件」です。大沢親分は立教大から南海ホークス(現ソフトバンク・ホークス)に入団しました。其の時 南海の監督の鶴岡一人から、「日本一になるには、長嶋と杉浦が必要だ」と言う事で、大沢親分に二人を南海に入団させる様に相談を受けました。
 早速 親分は立教大の後輩二人に話をした所、「先輩の仰る通りにします。」と二つ返事で快諾しました。早速親分は監督に報告して球団にも報告、当時としては破格の「栄養費」としてサラリーマンの給料の何倍もの金額を支給したのです。特に長嶋は貧乏学生で、其の後スカウトに行った大映の永田社長が、「長嶋の実家には、来客用の座布団も無いのには驚いた!」と話してました。  其の後 杉浦はスンナリ南海に入団しましたが、長嶋は何が有ったのか、シャアシャアとして巨人に入団して仕舞ったのです。ビックリ仰天したのは大沢親分、直ぐに長嶋の所へ行って「お前それでも男か俺は大いに面目を失った如何して呉れる」と言いたい所でしたが、鶴岡監督に穏やかに宥められ、「此の仇は野球で取ろう!」と言われましたので、堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで其の恨みは遂に腹に収めたのです。長嶋は酷い奴ですが、大沢親分は其の後、其の事は一言も言いませんでした。「男」でしたねぇ~

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