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2007年10月20日土曜日

吉田 茂 の 命日

今日は 戦後の1947年 内閣総理大臣になった吉田 茂の命日です。敗戦後の絶望的な日本を何とか復興させる事が出来たのは、良くも悪くも、やはり吉田 茂の力が有ったと言えるでしょう。敗戦国の首相として、戦勝国のGHQマッカーサー元帥とのやり取りは、決して怯まず、臆する事無く、五分と五分の立ち回りをしたのでうす。この人は やはり只者ではなく、現在の政治化達は足元にも及ばないでしょう。英語が堪能だった彼は、GHQの理不尽な要求を断固として退かず、国民の危機を何度も救ったと言われています。

一方 吉田 茂は、その力が有るが故に強引な政治運営をして、ワンマンと言われました。最大の汚点と言えるのは、造船疑獄と言う汚職事件で、時の幹事長佐藤栄作(のちの首相)が東京地検に逮捕されそうになった時、法務大臣に命じて「指揮権発動」させ、操作打ち切りをさせてしまった事でしょう。もし この時佐藤栄作が逮捕されていたら、彼はのちに総理になる事も、ノーベル平和賞を貰う事は無かったかも知れません。

そして 有名な「バカヤロー解散」です。右派社会党の西村栄一議員が国会本会議で、「総理の国際情勢の見方は楽観的過ぎるのじゃありませんか」と質問したのに対して、吉田総理は「アイゼンハウアー大統領も、チャーチル首相も同じ考えであります」と答えました。  然し西村議員は更にしつこく「あなたの考えを聞いているんだ」と食い下がりましたので、遂にアタマにきた吉田 茂は「バカヤロー」とやってしまったのです。それが問題になって衆議員解散となった訳です。

それでもこんにち吉田 茂が偉大な存在と言われるのは、やはり現在の政治家達が小さくて情けない人達ばかりだからでしょうか!?!

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