Google

2007年10月25日木曜日

島原の乱



いつもの散歩道の公園にある池と四阿(あづまや)です。穏やかな夜明け 朝日が少し顔を出しました。

今日10月25日は島原の乱が勃発した日です。1637年 島原で一揆が発生、此れを称して島原の乱と言い、幕府がキリスト教を弾圧したのに反発した住民の老若男女が、天草四郎時貞を盟主として原城に籠城、幕府軍と戦って三万七千人全員が殉教したと伝えられる事件です。幕府軍が突入した時、城内は老人から女子供までみんな屍骸となっていて生存者は一人も居なかったと言われています。幕府は公式には宗教一揆と記録してますが、実際には藩主の圧政(年貢の過剰な取立てに、飢饉が重なった)に追い詰められた農民達が已む無く蜂起したものです。その中に沢山のキリスト教徒が居まして、天草四郎をデウスの生まれ変わりとして盟主に祀り上げたのです。 藩主 松倉勝家と支藩主寺沢竪高は自分の失政を隠すため農民一揆を宗教一揆にすり替えてしまったので、こんにちその様に伝えられてます。

然し 生存者が一人居ました。 幕府軍と内通していた山田右衛門作です。幕府軍の総攻撃の情報を得るとコッソリ城を脱出しました。城内の全員が死んだと聞いて良心の呵責はなかったのでしょうか 卑怯者!!

0 件のコメント: