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2007年10月29日月曜日

ドクトル・ジバゴ



エスパルスドリームプラザの陸橋ドームから覗いた富士山です。いつも広々とした景色ですが、こんなアングルも一興でしょう。

今日は 1957年、ドクトル・ジバゴの作者、ポリス・パステルナークがノーベル文学賞を贈られたのに、ソ連(当時)共産党の圧力で辞退をさせられた日です。ソ連では発表出来ない原稿を極秘に持ち出して、イタリヤで発表しまして、たちまち世界中から絶賛され、遂にノーベル賞を贈られる事になった訳です。

ソ連当局から問題視されたのは、ロシヤ革命を批判した内容だったからです。医者ユーリ・ジバゴと恋人ララが第一次大戦から、ロシヤ革に至る激変期の運命に翻弄される物語ですが、革命によって人間は決して幸せになったのではないと言う部分がソ連当局の逆鱗に触れて、ノーベル賞を辞退するか、国外退去をせよ。と迫ったのです。

パステルナークは、「祖国を離れるのは死を意味する」と言ってノーベル賞を辞退しました。当時の情勢では、たとえ国外に逃げても、いずれ国家警察によって消されると承知していたからです。彼は この三年後に亡くなりましたが、ノーベル賞委員会は、彼の遺族にノーベル賞を贈ったそうです。

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